片田舎の英雄

 エルジアの片田舎、正座させられたままグチグチと続く農家の爺さんにガキ共と一緒に頭を下げる俺。
 さすがにコブラはやりすぎた。
 今さっきまで、ガキ共におだてられてた俺は忘れていた。
 乗っていたのは自宅にある最新のセスナでもなければX-02のような反則的な戦闘機でもない。
「すんませんすんませんもう二度としませんから」
「ごめんなさい〜」
「でもまたやって欲しいかも……」
「こりゃっ!」
 所々に年期を感じさせる複葉機だったことを。

−よくよく考えると、俺が壊した物の総額は数億になるんじゃなかろうか?−

「まったく最近の若いもんは……アレが一機いくらするかわかっとるのか」
 農薬散布に使った飛行機の値段から始まりあれで婆さんとランデブーしたとか、後50才若ければ歴史が代わったかもしれん等と言う話に脱線したところでガキ共と目配せする。
「とまあそう言った思い出の飛行機でな……おりょ?」
 そのまま逃走。
 バイト料は貰い損ねたがまあいい。
 この後ガキ共に俺の武勇伝を語って聞かせるという立派な予定があるのだ。
 愚痴よりこっちの方が断然有意義と言うもの。

「でさ、あの時は本当に命がけだったよ。2000フィートより高いところを飛んだらアウトだから、谷の隙間を縫って行くしかなくてね」
 こっちに来て……いや、ISAFを辞めて、俺は変わらざるを得なくなった。
 そこまでは退役すれば当然の事。
 だがそれだけで、口下手で愛想の無かった男が、こうもお喋りになるものだろうか。
「頼れるのは自分だけ……仲間が落ちた知らせを聞く度に辛くなった」
 子供相手に、ヒロイックアクションを語りつつも、同じ悲劇を繰り返さないよう伝えるべく言葉を選ぶのにも随分慣れた。
「泣いちゃったり……した?」
「それもできなかった。その時は怖くて仕方なかったから」
「リボンの人は?」
「一人で悔しそうにしてた。泣いてたかどうかは……未だに解らない」
 自分のやったことを、他人の視点で話すのにも……。
「一人だったのに何でお兄ちゃんが知ってるの?」
「いぎっ!?」
 訂正、こっちはまだ慣れて無い。

 ここはエルジアでも相当な田舎で、一部日用品は何日かおきに街まで買いにいかないといけない。
 飛行機に乗れる若者って言うのが俺しかいないぐらいだから……いや、それには俺も責任の一端があるか。
「じゃ、行ってきまーす」
 今日も週に一度の買い出しに、後部座席にゃ爺さんの孫娘と観光気分のガキ共乗せて、俺は昔のダチに挨拶を。

 出迎えたのは、あの頃何かと張り合っていた同僚のパイロットだった。
 俺の記憶が確かなら少佐か。恩赦による昇進を蹴った唯一の男でもある。
「なんだ、今日はバレルロール無しか」
「おいおい勘弁してくれ。今日は同伴者有りだぜ?」
 そう言ってお嬢さんとガキ共の方に目を向ける。
 そしたらこの野郎、尚更決めれば良かったのになんて言ってきた。
 それこそ勘弁願いたいね。爺さんに知れたら後が怖い。
 ガキ共にISAFにいたころの話をせがまれるようになった原因も……もとはと言えばこの男にある。

 それはISAFを辞めて半年ほど後のこと。
「よぉメビウ……ス13」
 それ苦しいだろと思ったのだが、幸いいたのはガキ共とお嬢さんだけ。
 あの場所の俺は、元メビウス中隊の補欠メンバーだったって事で通っている。
 もっとも……最近コブラだのバレルロールだの覚えだしたガキ共見てると不安になってくる。
 ISAFの航空小隊は12機で構成されている。
 一度きりの出撃以来解体された小隊に、補欠なんていないって事まで知ってしまいそうで……。

「じゃあ、俺達はつもる話でもしてくっから、いつもの所で落ち合おうぜ」
「えー、またお兄ちゃんだけ別なのー?」
 当時の話なんて聞かれたら俺の身元がばれてしまうんだから仕方がない。
「男には色々……いでっ!」
 また少佐がいらんこと喋り出す前に俺は首根っこ掴んで美味い店探しに引きずることにした。

 連れの姿が見えなくなって、最初に目に付いたのは少佐……いや、中佐のコートの中で光る階級章だった。
「昇進したんだな」
「まーな。お前も元気そうでなによりだ」
 メビウス中隊解体後、そのメンバーは……特にノースポイントからの面々は例外なく昇進している。
 俺が退役すると聞いて、おこぼれは御免だと言ったこの男も、それまでの働きが認められて今の地位にいる。
「本部には行かないのか?」
「おいおい。しょげた顔してこの国どうなんだろうって言った男の台詞かよ」
「あ……」
 敗戦という結末を迎えたこの国。
 最大の驚異であり最高の好敵手だった男のいた国。
 それが、俺の隠居先を決めた理由だった。

「ったく……元気そうイコール変わりありってのも変な話だよな」
「俺、そんなに暗い奴だったか?」
「少なくとも、そんなに喋ったりしなかった」
「そりゃどうも」
 やはり話題は昔の仲間の事になる。
 生真面目でぱっとしなかったが信頼の置ける、戦争を再び起こさないためにと情報部に移ってから俺の知る限り一番出世したメビウス2。
 紅一点だった女性パイロットは結婚して産休中、落ち着いたらまた飛ぶと言い張って旦那をヤキモキさせているらしい。結婚するって報告聞いたときはみんな目を点にしてたっけか。
 ウィスキー回廊で撃墜されたルーキーは復帰してまた飛んでいると言う。脱出もままならなかったのに助かって、また飛べる運と根性は羨ましい。
 スカイアイはと言うと俺が退役した事にまだ拗ねているらしい。管制してて面白かったのはお前だけだとまだぼやいているそうだ。
「手紙の一つも送らないと駄目かな?」
「やめとけ。押し掛けてくるぜ」
 その後中佐は来週旧軍事工廠の視察に行くとかで、つまらないから辞めようかなとかぼやきながら俺に酒を無理強いしようとしていた。
 悪いが酒に弱いのは直ってないし、何より明日セスナ操縦して帰るっての。
「ま、元気で何より。約束もしっかり守ってるみたいだしな」
「お前のせいで破られそうになったけどな」
 何かあったら飛ぶ。だから、自分がメビウス1であると誰にも告げてはならない。
 それが……ISAFを辞めると言い出した俺に弱り果てた司令部の出した……わがままだった。

 そんな話をした、翌週の事だった。
 街で、自由エルジアと名乗る連中が旧軍事工廠を襲撃したという新聞が目に止まったのは。
 あの時の……メガリスの時のようなバカ共がまだいるのかと、これ以上戦争を招いて何になると、そんなことを考えていたのだろう。
「お兄ちゃん……どうしたの?」
「え……」
 その時、きっと怖い顔していたんだろうな……って思ったから……
「悲しいことでもあったの?」
 自分の頬を伝うものにも気付かなかった。
「いや……何でもない」
 民間機にさえ攻撃を辞さないとの声明文を目にした俺は買い出しの量を急遽3倍に変更し、当初の予定より早く戻った。

−俺は飛ぶよ−

 燃料補給を済ませるとその足で街へ……ファーンバティへとんぼ返り。
 滑走路を見ると、一機のセスナが離陸しようとしている。
 光信号を示すと、それはすぐに道を開けてくれた。
 待っていたのは腕を三角巾で吊した中佐と、情報部の制服に大佐の階級章を付けた古馴染みだった。
「用件はこいつだろ?」
 そう言って例の記事をつきつける。
「ごめん。わざわざそっちから……」
「軍人丸出しの格好で来られてたまるかい」
 真面目なのはいいが何処か抜けているのは相変わらず。それでよく大佐になれたよな。
 戦場に連れ戻させないために情報部に入ったのに、そこで俺にしか出来そうもないと言う結論を出してしまったことを詫びられたが、責める気は無い。
「俺がやるべきことだ」
「AWACSはスカイアイが、そのパイロットには僕がなる」
「俺が突き付けたかった条件そのまんま。お前最高の二番機だわ」
「お礼は准将の地位でよろしく」
「俺腕折ったのお前に間違われたからだからな。しっかり責任取れよ!」
「うへー……了解了解」

−どんな犠牲を払ってでも、守りたいものがあるから−

 帰った後、あの爺さんが孫貰う気は無いかって聞いてくるようになったのはまた別な話。


えー、某所へのネタに片田舎で隠居中複葉機でコブラやらクルビットかまして農家のおじさんに怒られると言うのがありまして、そこから派生した話。
メビウス1が俺口調だけど基本的に長編ものと変わって無いんだよね。
基本理念は「守るものがあるから飛ぶ」