ACE COMBAT Zero
The Belkan War
The fate neatly reward it. We only remember the nonpayment we of.
...The UnReward War...

Mission15

 アンタ、義勇軍やってんだって?
 翼折って、それでもまだ国境にしがみついて。
 でも、だったら見たんだろ。
 アンタ達が、あの日何したか、あの時、何しようとしたか。

 ……会うのは難しい。最初から解っていた。
 だからほんの少しうろうろして、帰る。それだけのはずだった。
 大体さ、何が悲しくて、女一人でよ……。
「電飾うざー」
 クリスマスイルミネーションの中を歩かなならんのかと。

 ……一見、平和。

 だけど、探すと結構あるもんだね。余波って奴は。
 職を無くした人間の姿が見えない裏路地は無し。
 流石に、子供の浮浪者を見たときはショックだったけど。
 ポッケに手を突っ込んだら、睨まれた。
 財布を狙うとか、そんなんじゃない。

 ……施しなんていらない。そんな顔だった。

 あー、こんちくしょう。気分転換にもなんもなりゃしねえ。
 荒む、荒む、荒む。あー……んな事ならシエロの検診付き合……ん?
 何でそこで、シエロの検診になるの?
 それだったら先輩とクリスマスの準備してた方がよっぽど良いじゃない。

 ……通りを抜ける。広場があって、人だかりがある。
 その中心から、歌が聞こえた。
 澄んだソプラノは歌う。

「青空は沢山の希望をくれる」

 その歌は、声は、確かに空を仰がせる力があった。

 だけど、その空にあったのは……。

 動けなかった。
 凍り付いたように。
 みんな、ただ、見ていた。
 その巨躯を。

 そして……。

 それって、つまり……。
 その様子だと、本当に何も知らなかったんですね。
 ふふふ。良かったです。
 どうやら、出し抜いたのはこちらだったようですから。

 あのハンガーの中身が、とうとう動いた。
 建前はベルカ軍上級将校のクーデター。
 その実、あの戦争に辟易した連中の憂さ晴らし。

 そして情け無いことに……。
「いよいよ始まったっすね」
 私は言うべき言葉の殆どを、パト君に取られていました。
 名乗った名は「国境無き世界」。ありがちな理想論。
 狼狽えていました。
「え、ええ……」
 そう、毒突く余裕が無い自分に。

 ……そこは、アデーレさんが寄り道していた街。

 ブリーフィングの開始は、耳に入っていなかった。
 作戦説明の声はフリーダさんから司令に変わって、それだけ。
 ただ……その声が急に途絶えた。

 衝撃、震動。

 次の言葉は、スピーカーから飛び込んで来た。
「管制塔より緊急入電!」

 ……最悪とは思いませんでした。
 それどころか、ふふ……慌ただしく走る皆の、去り際の視線。
 怯えが入っているお陰で、自分の表情が解りました。

 笑って、いたんだと。

 渡りに船、と。

 それはコックピットに滑り込んだ後も、むしろ、その後の方が苛烈を極めた。
 シダの葉からこぼれ落ちるような爆弾。目の前で吹き飛ぶ自走砲。
「滑走路に直撃弾、離陸不能!」
 私はその時、どんな顔を、していたのだろうか。

「ガルム隊だけでもいい、空に上げるんだ!!」
 こんなに、冷酷になっている自分。
「パト君」
「はい?」
「気合いでやってしまいましょう」
 こんなに、熱くなっている自分。

 ズタボロの滑走路。本当に気合いで離陸してやりましたよ。
 そして、流石エアショーパイロットと言うべきですかね。
「クナイ1、後に続く。もてなしぐらいさせてもらおうや!」
 シグさん達、気合いとかそんなこと言わず当たり前のように上がってきました。

 少し振り向いただけで、基地は酷い有様だった。
 穴だらけの滑走路。よく飛べたもんです。
「うへー、俺ら、間一髪」
「Pちゃーん、彼女の無事は確認したー?」
「ハンガーでばっちりですよ!」
 ……私も、胸を撫で下ろしていました。
 いえ、子供達を遠ざけておいたことでなく。
 純粋に、単純に、パト君の彼女が、無事だったって事に。

「では、後顧の憂いもありませんね」
 その一方で、思う。
 あの場所も、ああだったのか。
 それとも、もっと酷かったのか。

 頭に浮かびかけた言葉を、無理に沈める。
 浮かんで、沈んで、無意味だから、無言で祈った。

 あの時、叶わなかった祈りを、また。

――どうか無事で。

 ……ねえ、あのバカ、彼女の事なんつってた?
 いや、さ。アタシだって、アイツの発狂ぶりは見たよ?
 多分、アンタが来るよりずっと酷かった頃の。
 だって……悔しいじゃない、誰かの、代わりかもって思うのは。

 轟音、震動、風圧。
 何にも解らなくなった。

 イルミネーションは業火に。
 喧噪は悲鳴に。
 上品な煉瓦の街は、いつの間にか瓦礫の山。

 未だ両の足で立っている自分だけが、そこから切り取られたような気がする。

 石畳に見えた赤を、見なかった事にしたかった。
 そうしたら、空を覆う、巨大な影を見るしか無くなった。

 ……恐かった。
 恐かったのに、全然足が動かない。
 いや、なんだか、死ぬって、実感が……。

「何してるっ!」

 沸いた。突き飛ばされた衝撃で。
 自分の立っていた場所に、落ちる瓦礫の音で。
「あ……ありが……」
 あれ? 突き飛ばした兄ちゃん、何で微動だに……。
 退けようと思った手に、何かついた。
 それが、妙に暖かくて、ぬめって……え?
「ちょ、ちょっと!?」
 ……アタシを庇って、この人が瓦礫の破片を受けた。

 イルミネーションは業火に。
 喧噪は悲鳴に。

 その真っ直中に、アタシはいた。

 アタシの手荷物には、応急キットがある。
 腕の中には怪我人が一人。
 大丈夫、そんなに深い傷じゃない。

「大丈夫か!?」
「平気、ちょっと失神してるだけ!!」
 駆け寄ってきた奴にこの人を預けて……うん。
 ダメでもなんでも、アタシはメディックだ。

 恐くなかったと言えば嘘になる。
 あの頃の、荒れに荒れていたシエロが過ぎった。
 その理由を、考えようとは思わなかった。
 大丈夫。アタシは死なない。
 アイツを壊すような死に方はしない。

 自分にそう言い切って、アタシはアタシの戦場に立つ。

 ……参ったわね。それじゃあ、最初から勝ち目なんて。
 ええ、憎しみはない。それは本当。
 でも、やっぱり悔しいわ。だってそうでしょう。
 もしそうだとしたら、私と彼を墜としたのは……。

 そう。理念や思想なんかじゃない。
 あの頃、私には大切なたった一つの為だけに飛び、生きていた。
『なぁマカレナ、アイツは追いかけて来るかな?』
 その彼が、少し楽しみなような淋しいような口振りをする。
 少し複雑だった。
 でも、その気持ちは少し解るの。
 ただの子犬だと思っていたあの子が戦争をひっくり返した。
 その成長ぶりが、私達の話の種だった。
 いつか敵対し、戦うかもしれない。そんな立場に立っても、なお。

 そう。地上で見たあの子は、ただの子供のはずだった。
 それを置き去りにした片羽が、悔やんでいたのを知っている。
―もう、後戻りはできない―
 ……そんな顔をするぐらいなら、最初から一緒にいてあげても良かったのに。

 思想とか、理想とか、そんなことの為に。

「こちらフレスベルグ。エスパーダ隊、ウスティオの小蝿を叩き落してくれ」
「おっと、来たみたいだな。エスパーダ1よりエスパーダ2へ、鬼神を阻止する」
「エスパーダ2了解、1に続く」

 女の私には、解らない世界なのかもしれないわね。

 ねえ妖精さん、どう思います?
 そんな男臭い話だったと思います?
 ……そんなんじゃありません。
 お互い、女々しかったんですよ。

 通り過ぎたのは、あの爆心地の真上。
 その麓にあった、街だった場所。
 それも、よりによって私達の目の前で起こった、ですよ?
「ひでえな……」
「あの街、無人っすね……」

「……ノ……サイファー、大丈夫か?」
「中佐ー。コールサイン変えてから何ヶ月でーすか?」
 不幸中の幸いは、AWACSが「たまたま」最寄りの基地にいたことですか。
「そう、か。基地の被害は深刻だ。頼んだぞ」

 幸いだったのは、その日の空が白かった事でしょうか。
「作戦目標、XB-Oを視認」
 おかげで、バカでかい黒がよく見える。
「こちらクナイ2RIO。護衛機と爆撃機も確認」
「はーい。こちらイング。爆撃機のお掃除行きまーす」
「じゃ、猟犬はデカ物沈めに行きましょうかね」
「了解っす!」

 ああ……何度も言い聞かせているのに、あの時の私はどうだっただろう?

「ガルム1、ガルム2、XB-0への攻撃を開始せよ。国境無き世界を黙らせるには、XB-0を落とすしかない!」
 半年のブランク?
 それとも、もう戻れない?

 結局、あの時の私は戻ってこなかった。
 レーダーに光点が二つ、三つ、四つ……来ましたね。
「行きましょう」

 最初の先兵はあっけなく、翼を打ち抜かれてあっさり墜ちた。
 問題は……。
「くっそ、ダンスのつもりか!」
 やっぱり、手練れがいるんですよねえ。
「久しいな、鬼神」
 ……あれ?
「どこかで会いましたっけ?」
 いえ、妖精さんが行っちゃったんです。あり得ない話じゃないんですが。
「現在交戦中の敵機は友軍だ! サピンの航空機だ!」
 中佐〜だからその友軍から抜けた連中の集まりなんですってばー。
 あれー、何でしょう。喉まで出かかっているんですが。

「こちらウスティオ第六航空師団、サピン機に告ぐ、攻撃を直ちに……」
 だーかーらー。
「中佐ー、無理に決まってるでしょー」
「ぐ……やむを得ん。サピン機との交戦を許可する」
 もうバリバリ撃たれてます。パト君が。
 なんか悲鳴を上げる間も無いみたい。
「はいはい可愛い子犬いじめないでくれます?」
「あなたも似たようなものじゃなくて?」
 ……あ、思い出しました。
「ソーリスで飛んだ……バカップルさんですか」
「……マカレナ。鬼神は俺がやる」

 あれ。おかしいな。バカップルって言葉に、なーんか自分で腹を立ててる。
「パト君。デカ物やっちゃいなさい」
「え、ちょ、いや、待っ……!」
 狙うのは、目の前の踊り子。
「援護はちゃんとしてあげます」
 何だ。戻れていたじゃないですか。ちゃーんと。

 より凶悪に、慈悲深く。
 目の前の翼を軽く削る。後ろから飛んできたミサイルはフルスロットルで振り切る。
 行きがけの駄賃に、デカブツのエンジンにありったけぶつけてみた。
「……鬼神とか言っても、ただの子供のまま生き残れると思うか?」
 苦虫を噛み潰したような声。
 晴れたりしない。余計にズブズブとどす黒くなっていく腹の内。

 その間にも、踊り子さんはゆっくり落ちていきました。
 傘は勘弁してあげますよ?
 挑発は、闘牛士の基本です。

 よう相棒、気付いているか?
 確かに、あの時だけ最初のお前に戻っていたよ。
 だからアイツはお前を許したんだろう?
 あんな台詞で致命弾を撃たずにいて、しかも、よ……。

 あの声は、泣いていた。
 ……無線の周波数は変えられていたが、いじったらビンゴだった。
 一際まがまがしく「Demon Lord」であろうとして、盛大にこけていた。
 最初の頃の記憶に、いつの間にか嗚咽が混じっていた。

 ウィザード隊共々出迎え、兼挨拶のつもりで来た俺達が見たのは、今まさに落ちようとする巨鳥だった。
「まったく、恐ろしいな」
 そう思う。エスパーダ隊が落ちてからなめるように消えていくエンジンの反応。

「三番バルブの圧力が低下!」
「落とされるぞ、奴らに!」
「Dブロックを閉鎖しろ!」
「ダメコンはどうなっている!?」

「サイファーが止まらない……このまま食い尽くすぞ」

 情けも、容赦もかけらもない。
 身震いがした。しかし、決定的な違いがあった。

 巨鳥と向き合う鬼神。
 直後、俺達の周波数から聞こえた、爆音、悲鳴、怨嗟。
 かつてのアイツの、十八番。
「XB−0に致命弾! サイファーだ サイファーがやった!」
 PJの声にかき消された嗚咽を、俺は確かに聞いた。

「さ、アデーレさん迎えに行っちゃいましょう!」
「パ〜ト〜く〜ん〜?」
 嗚咽混じりの笑いを、確かに聞いた。
 任務中に遊ぶな。そんなことしてるとだな……。

「ジョシュア」
「……なんだ?」
「挨拶は、俺一人で行ってくる」
「……何?」
「安心しろ。文字通りの、だ」

 ねえ、知ってます?
 あの後どんなことがあったか。
 私達がどんな話をしたか。
 彼が……どんな決意をしたか。

『ヨウ 相棒 マダ生キテルカ?』

 その伝言を残した「彼」の姿を、私は捉えることが出来ませんでした。
 まあ、パト君すらその姿を見たのは一瞬でしたが、言われました。
 私の、すぐ真横を掠めていった、と。

 ふふ……常に本調子、とはいきませんか。美人薄命天才は短命。
 あ゛ー。嬉しくもなんともありません。と言うか長生きしたいですよ、やっぱ。
「撃ってきたらどうするつもりだったんすかー?」
「根性で、まあ」
 ……かといって、後悔もしたくありませんけど。

「ピクシー、相っ当苦労したんすね」
 あ、何ですその言いぐさ。
「……ずいぶん偉くなったもんですねえ、パト君?」
「はい?」
「ガルム隊、ルーメン最寄りの基地が開いている。馬鹿ならそこでやれ」
 うふふふふふふふふ。
 覚悟しておいてくーださーいよー。

 さあ、ついたよ。アタシの案内はここまでだ。
 このあとは、あの子の仕事みたいだしね。
 ……まったく、アンタなんかを律儀に出迎える必要なんてないのに。
 さぁ行きな。アンタのしでかしたことと、行って向き合って来い。

 ……走った。走って走って走り回った。
 持っていたのは最低限の医療キット。
 トリアージも無しに傷の度合いで人を分け、人を救い、人を見捨てた。
「はい。こちら、オーシャン、オーシャン=シギベルトです。この区域は搬送準備整っています」

 怖かった。
 どこかにミスがあれば、アタシは人を殺したことになる。
「ええ。有能なメディックが一名いましたから」
 だから駆けつけた部隊の、労いの言葉に、どれだけ……。
「では、私も任務に戻りますから、あなたは、休んでいてください」

 ははっ……セーターもジーンズもボロボロだ。顔もきっと煤まみれ。
 期待して無かったけど……サンズに会えたらと思って良いの選んだのになあ。
 そんな突っ走ってるさなか、アタシは一人を助け、一人を見捨てた。

「……終わった、の?」
「アタシの仕事は、ね……」
 その子が着ていたのはサイズの合わないコート。
 その子が持っていたのは医療キットを詰め込んだ鞄。
 ただの荷物運びとしても、5歳児の働きとしては十二分通り越して、酷使だよね。

 コートのサイズが合わない理由は簡単。火事場泥棒。
 ……医療キットも実は薬局から失敬して来たって言うんだから、逞しいよね。
(良いとこの坊ちゃんみたいな顔してるけど……)
 こんな小さいのに、こんなに逞しい……。
 きっとこの子にとって、平和は平和じゃなかったんだろうね……。

 頑張ったおかげかな。
 あのデカブツが落ちたって知らせをわざわざ伝えてくれたのがいた。
「アデーレさん!!」
「……シエ、ロうわっ!?」

 そして、私の姿を見つけるなり抱きついてきた馬鹿たれがいた。
 子供の視線が痛い。
 痛いついでに翌年の今日、何から何まで覚えられていたことを知る。
 ……カウンターパンチ食らわせておけばよかったって本気で思ったね。

 あんな厚紙のお守りで覚えて頂けていたなら光栄です。
 僕を守ったは片羽。救ったのはヴァレーのメディック。
 そして、姉の仇を討ってくれたのは円卓の鬼神。
 だったら僕にも、出迎える権利ぐらいはあるでしょう。