ACE COMBAT Zero
The Belkan War
The fate neatly reward it. We only remember the nonpayment we of.
...The UnReward War...

Mission14

 あなたは鬼神を支えた片羽の妖精。
 裏切ったなんて言えるはず無いじゃないでしょう。
 そう。死亡通知をしたためたのは私。
 ……やっぱり、怒りませんね、あなたは。

「やーっぱ死んだ事にしちゃうわけ」
「オーシアに、好き放題言われたく無いからな」
 その処遇を聞いたシグは、さほど関心は無かったようだ。
 ……フォルク大尉、か。傭兵とはいえ昇進が特進だけか。
 この場に、シルヴァンス少佐……中隊長になると同時に昇進した……は、いない。
「さて、本題に入ろう。君の戦線復帰を見送りたい」
「おーい戦力外忠告かー?」
「代わりに、別な仕事をお願いしたい」
 居なくなったのは、フォルク大尉だけでは無かった。
 傭兵だけではない。オーシアも、そして暫定政府が発足してからはベルカでも。
 多くの軍人達が、あの日を境に、姿を消した。
「悪いが、これは追加を貰うぜ」
「ああ。言い値で構わん」
「あーそりゃどう……言い値!?」
「ああ。上に頼んだらあれだけ異常な状態なら仕方ないで即日却下。よって独断なわけだ」
 即日却下した司令部(多分オーシア)も凄いがほぼ即日申請した司令。
 同じ狸でも建設的な分こちらの方がどれだけいいか。
「いいの?ぼったくるよ俺?」
「タダでごろつかれるよりいい。君が価値があると思うんならいくらでもふっかけてくれ」
「面白ぇ。やってやろうじゃん」

 それが先週の事。

 机の上に、無造作に置かれた死亡通知。
 この中に書かれている事の9割方は事実だ。
 残る一割。
 死亡通知であるという事実だけが嘘。
 誰もが知っている、公然の嘘。
 あとは、もう封を閉じるはずなのに……。
「あ……」
 手の震えが、黒い封筒にシワを作る。これで何度目?
 これを送りつける場所は、もう一つの資料の中。
(少しばかり、調べてみたらどうだい?)
 ここに、私の知りうる彼の全てがある。
 ……私に出来なかったことを、出来た人の。
「馬鹿馬鹿しい」
 現状も。偽りも。私自身も。

 廊下に出て、一番見たくない顔に出くわした。
「あら、フリーダちゃんご機嫌斜め」
「……ええそうですが」
 今は、戯れ言に付き合う気にはなれない。
 そう思って踵を返そうとした。腕を掴まれた。
「後悔してるのね」
「放していただけませんか?」
 その声は、聞いたことが無かった。
『何やってんだ!』
 割り込んできた異国の言葉は、考えるまでもなくシグだった。
『ちょーっと人生経験教えようと思っただけよ』
『あのなっ!』
 姉を母国語で怒鳴りつける弟。その姉の手が下腹部を撫でる。
 その仕草一つで、弟の怒気は収まった。
「次のチャンスがあったら……絶対しくじっちゃ駄目よ」
 そう言って去る姉。追いかける弟の姿は、小さな子供のようで……。
 彼女の手の意味は、女だからこそ解るものだった。
「手遅れになってからじゃ、遅いんだから」
 私は、そんな風に思った覚えは……。

 お前……アイツとはどうだったんだ。
 そうですねえ、まあ、あの状況で笑える強さがありましたから。
 子供達には気に入られていましたよ。玩具って意味で……
 もー。話するたびへっこんでどうするんですかー。

「ねえ。でっかいハンガーってどんぐらいでかかったの?」
「んー……空母って見たことあります?」
「あるー」
「そのぐらい」
 話のネタは、こないだの任務で見つけた巨大ハンガー。
 ま、掃討に飛び回っていて、そうまじまじ見たわけじゃないんですが……。
 司令、開き直ったらしい。
「えーっと……この写真のゆそーきどのぐらい?」
「サイファーのイーグルよりちょっとおおきいんじゃね?」
 何も写真まで見せる事無いと思います。
 新生ガルム初仕事から3日かそこら。その3日かそこらで……
「サイファーすごいっす!」
 PJ、ことパトリック・ジェームズ、と言うわけでパト君にすっかり気に入られてしまいました。
 実は暇を持て余した傭兵同士で模擬戦を終えたばかりでして。
「くっそー……最初は、片羽とセットだったかわかるけどよー」
「むしろあの時より早くなってねえかー……?」
「……なんでシグが生き残ってんだよー……」
 ハンガー前には敗者の群が死屍累々。
 これが二ヶ月ほど前だと冷凍マグロが並ぶ事になったんでしょうけど。
「ま、少なくともPJのおかげじゃない事だけは確か!」
「どう言うことっすかそれー!」
「言葉通りだこのやろー」
 パト君がクロウ2に……からかわれていると言うより、シメられてます。
「元三番機の援護しないんですか?クロウ……あ、えーっと」
「ウィリアム。ウィルでいいぜ。アンタこそ、二番機の援護はしてやんねーの?」
 ちなみにパト君を挟んだ向こう側では、彼女さんが笑っています。
「ムカつくので無しー」
「ひーどーいー」
「また逃げられたらどうしましょー」
「そのネタ、結構えげつないぞ……」

 傭兵達はこの一週間、ひたすら暇を持て余していた。
 前回の出撃以来、残党部隊はすっかりなりを潜め、あとは終戦宣言を待つばかりだった。

「……はず、だったんですけどねえ」
 何で当日になって蜂起しますか。
「ほんとっすよ。これ以上争って何になるんだ、ほんとに……!」
「ま、納得行かない気持ちは認めますが」
「……え?」
 降伏調印なんて、事実であっても響きが悪い。
 リンチのあげく自爆までされちゃ、ヤケになる気分も解らなく無い。
「それに、最後の稼ぎ時でしょう?」
「俺は、金の為に戦ってるわけじゃないっすよ」
「パト君……」
「はい?」
「私、正規兵ですよ?」
「……ぷっ」
 笑わなくたっていいでしょうも。
「どっちが傭兵だかわかんねーなー」
「まったくだー」
「PJ傭兵らしく無いぞー」
「いやいやサイファーの方だろー」
 みんな揃って爆笑しなくたっていいでしょうに。
 ……これで、一応の戦争は終わる。一応のは、ね。だけど……。
『サイファー』
『ん、行ってくる』
 相変わらず見送りに来てくれてる子供達とのお別れは、まだ先。

「ガルム隊へ。海岸線に集結しているベルカ残党部隊を叩け、奴らの息の根を止めろ!」
 アンファングの海岸線が見えてきた。
 うわー……いるいる。艦隊とか目視で十分確認できちゃったり。
「シグさん達は沿岸、クロウ隊二人は艦隊攻撃」
「おーい。いい加減俺らの名前覚えてくれよ」
「面倒だから、無し」
「サイファー、俺達は?」
「空を潰すに決まってるでしょう」
 12時方向に敵影……更に向こうの連中が雁首揃えてる。
「ガルム1一機撃墜。さぁ、終わらせに行きますよ!」
「了……」
 ちゅぃーん、ぴぴ
「ルーメンの調印式会場、生中継でお送りします」
 傭兵達の返事に混ざって、何か平和そーな声。
「なんですかこれー?」
「停戦会場の中継だ。たっぷり聞かせてやれとのお達しだ」
 シグさん達が地上部隊に食らいつく。
 トンネルから飛び立とうとする連中をクロウ隊が落としてく。
「現在、各国の首脳がこの会場に集まり、平和に向けた調停を進めております」
「前方にジャマー二機。目視戦!」

「調停の内容には……核の保有についても……」
「停戦のラジオ放送は止めさせろ!!」

 ラジオの周波数無線に合わせてるお陰でまあ聞こえる聞こえる。
 真面目一辺倒の、つまらなそうなキャスターの声。
「何やってんだ!戦争はもう終わってるんだよ!」
「戦争を止められないのはお前達の方だろう!!」
「だ、そうですよ?」
 言ってくれます。
 声の主、後ろのシグさんに気付かなかった見たいですけど。
「クナイ1一機撃墜。気をつけろ、トンネルから何機か出てったぞ!」
「クナイ2FOX2〜。穴蔵塞いだからもう次無いわよー」
 言われても仕方在りませんね。はい。
「こちらクロウ1、艦隊はあらかた片付けた!」
「地上攻撃を!」

「今日、この調停によって、多くの犠牲を払ったこの東部諸国を巻き込んだ戦争は……」
「終戦は我々の意志で決める。まだ終わっていない!」

「解らないのか!もう停戦なんだ!!」
「無理ですよ」
 解れ、なんて言いません。
 納得なんてしなくて結構。
 でもそこから、鬼が生まれた。

「PJ!後ろに3機ついてる!」
「え、ちょ……!!」
 後ろから落とそうと言う腹づもりですか。
「くそっ!!この状況、ピクシーならどう……!!」
「良いんですよ」
 そんなに、やわじゃなかった。上手く追われてる。
 それを、真上から俯瞰している、私。
 無防備なキャノピー。血塗れの手は、私独りで構わない。
「鬼神の牙は、まだ食い足りないのか!」
 そんなのは、私独りでかまわない。
「奴だ!奴さえ落とせば……!」
「ガルム1、一機撃墜」
 全て背負って、飛べる。独りで背負う。でも……。
「ガルム2、一機撃墜!」
 独りじゃない……。
「今日この日をもって 国境線の緊張状態が緩和することを 願って止みません」
 独りじゃなかった。
 ずっと……。
「これは残党軍の規模じゃない……戦争は、まだ終わっていない!」
「ええ……」
 だから、もう一度呼び戻しに行く。

 へぇ……アイツが脅しにかかるとはねえ。
 こうなるのも自然の流れだったか?
 貴方の方こそどうだったのですか?
 手の掛かるガキがいて、それどころじゃ無かったよ。

 レーダーから最後の友軍機が消える。
 それを確認するまでもなく「同士」の全滅は知るところとなった。
「随分難儀な相棒を持ったようだな、ラリー」
 飾りっ気の無い鋼鉄の空中空母。
 狭い窓の向こうは、もう赤みがかっていた。
 アイツの機動にキレがないと思ったのは、自尊心からだろうか。
「すまんが一人にしてくれ」
「なんだ。相棒が恋しくなったか?」
「お前と毎日のように顔を合わせていりゃあな」
 優男気取りと本物の優男じゃ全くの別物だ。
 30過ぎでそれをやって良いのは後者だけ。
 それに辺り一面鋼じゃ余計に気が滅入る。
 タダでさえ試作段階だったお陰で、居住環境には劣悪だ。
「どうやら、君は随分と嫌われてるらしいな。ブリストー」
 お陰で、来訪者の足音が分かり易くて良い。
「……パイロットスーツの上に白衣羽織るのは止めたらどうだ?」
 着膨れしても気にしない辺り相変わらずの変人ぶりだな。
「さて、悪い魔法使いにはご退場いただこうか。久々の会話に茶々を入れられてもな」
「おい。聞いてなかったのか?一人にしてくれって言ったんだが?」
「流石に年でね」
「なるほど。言うことが矛盾してるぞドクター」

 結局ブリストーを追い払って、ドクター……アントン・カプチェンコと二人きり。
 考え得る最悪の……いや、ベルカには更に上が居ることに思い当たった。
「あのおっさんは誘えたのか?」
 ミサイル全弾お見舞いぐらいなら笑って許してくれるだろう男。
 だが相棒捨てたなんて言ったらそれを口実に……止めよう。気が滅入る。
「家を捨てても騎士根性はあったらしくてな」
「とっくに隠居生活満喫してたのにか?」
「子供達の騎士を止めた覚えは無いそうだ」
「獅子は千尋の谷に突き落とすんじゃなかったっけか?」
 もう、その子供達も生きてはないんだろう。
 ……いや、生きていても子供達だけで精一杯か。
 それだって心までは保証できない。
「ブリストーが思うほど楽じゃないな」
「だがお前が思うほど悲観することも無い」
 あのおっさんと相棒が組んでみろ。国一つひっくり返る。
 これまでだって上から煙たがられてたのが連合の勝因だったようなもんじゃないか。

「あの男は、バルト・ローランドは死んだよ」
「……アレでか?」
「自殺だ。それ以上は私の知る所ではない」
「そうか」
 あっけないもんだな。
 しかし……あのおっさんが自殺か。
「子供達に、一度は会ってみたかったな」
「ほう?」
「あのおっさんのひねてないミニチュアってのを一度拝んでみたかった」

 俺は家族を、家を、友人を。
 お前は女を、仲間を、相棒を。
 あのおっさんはおっさんで家族を亡くした。
 どうするんだ。相棒?

 作戦終了後、ハイエルラークまで戻ってきた。
 機体の補給も必要だった。だけど、何より……。
「サイファー……これから、どうなるんでしょう?」
「まだ、バカやった連中探しにいかないと……」
 私にも補給が必要だった。
「大丈夫……っすか?」
「少し、疲れたかなあ……」
 最後ので、すっかり参ってしまった。
 吐く事はなかったけど、顔が青くなってるような気がする。
 ほんの少し、機体に寄りかかって休んでいようと思った。

 そこに、妙な既視感を感じた。

 背中に、視線があった。それが既視感。
 何処かで感じたような視線。何処だったのか、まったく思い出せない。
 視線の主だけでも捉えようと思って振り向いた。
「……サイファー」
 子供だった。ずっと遠くの金網の向こう。
 黒髪の子と、金髪と呼ぶにはくすんだベージュの髪をした子供。
「ああ、なんか、亡命者らしいんですよ」
 ずっと、遠くのはずだった。
「親がパイロットだったらしいんですけど」
 虚ろな銀色の瞳。
 虚ろだった。似ても似つかなかった。
「お父さんが生きてたら、あんな事させなかったって……」
 既視感の原因が、ますます分からなくなった。

 背中に受けていたときは確かに、鋭いセピアの目があったはずなのに。