ACE COMBAT Zero
The Belkan War
The fate neatly reward it. We only remember the nonpayment we of.
...The UnReward War...

Mission11

「鬼神」……ほんと、ご大層な名前を頂いたものです。
 まあ、実質お前一人で殆ど叩き落としたわけだしな。
 実際の所、立派に名前負けしてますよねえ。
 女と子供達に縛られてちゃ、な。良いんじゃないか、鬼にも神にも、ならずでよ。

 鬼神の名が周囲に浸透しだして数日。
 相棒が革ジャン肩に羽織って頭に角のっけて変な化粧して子供達を追い回している。
『わるいごはいねがー』
「きゃー♪」
 最初に見たときの子供達の反応は三つに分けられた。
 驚く奴。
 呆れる奴。
 無反応。
 この三つだ。
「……んでシグ、ありゃなんだ?」
「爺さんの故郷の風物詩」
 んな事ぁ聞いてない。
 日長一日あの奇妙な格好で基地中走り回るのはどうかとだな……。
『わるごはいねがー』
「にぎゃーっ!!」
 何かもう一匹出て来たぞおい。
「誰だあれ」
「ん、PJ」
「……」
 妙な化粧(クマドリと言うらしい)したら元の人間が本気で解らないが……。
「賑やかですね」
「いいのか中尉、ドタゴタ走り回らせて」
「そこまで融通の効かない女に見えますか?」
 ツィーゲ中尉の表情が穏やかなのは気のせいだっただだろうか。
 ふと、その手にもってある面に気が付いた。角の生えたパンチパーマの描かれた……。
「撤退は許可できない」

『わるいごはいねがー?』
『いねがー?』
「ぎゃー!痛い、痛いっすよ!」
 鬼神の二番機差し置いて鬼のまねごととは良い度胸だこの野郎ー!
「お前等揃って大人気ねーぞー」

 鬼神と妖精が、子鴉を追い回すっていうのも妙な絵だと思うのは、それから3年ぐらい後の事だ。

「確か退治には豆がいりましたね」
「フリーダちゃん。豆鉄砲使うー?」
「いえ結構」

 基地中が戦勝ムードだった。
 ベルカ防空の要は無く、円卓も落ちた。
 さらにはベルカ南部、特にオーシア沿いのあたりでは厭戦ムード。
 だから誰もが思っていた、このまま勝ちで終わってくれるだろうってな。
 ひょっとしたら出撃だってもう無いんじゃないかなんて言う奴もいたぐらいだ。

 でも、確かにもう、これ以上の戦う理由なんて、攻め込む理由なんて、俺達には無かったはず。

「つーか鬼って、案外ユーモラスな悪魔なのな」
 こんな事を言いだしたのは誰だったか、クロウ隊の誰かのような気もするし自分だった気もする。
「悪魔……ね。なんでそう見えるか知ってるか?」
 それに答えたシグの声は妙に湿っぽかったような気がする。

 取り戻す為の戦いは終わった。余分に幾つかかっさらっちまったのも事実だが。

 自慢のうんちくを語りたいって気配じゃなかったのは確かだ。
 そうだったらとっくに理由つけて逃げ出してる。
「力が強いだけだからなんだよ。自然界で最も凶暴な部分を司る神様の候補だから」
 自然界において。この言葉に妙に納得したのを覚えている。
 凄惨な戦場に、こいつのような奴が生まれるのは当然の事だと。

 だけど、あとはもう暫く……守るための戦いを続けて終わらせたかった。

「なあサイファー、お前はどっちになるんだ」
「はい?」
 そこから後のやりとりは、その日の晩にあらためて聞いたもので、その時は解らなかった。
『暴れるだけじゃ、神様にはなれねぇぜ』
『……買いかぶりすぎですよ』
 狂気もおどけも無いごくごく普通の顔で笑ったから改めて聞いたんだ。
 その時はシグに全面的に賛成したよ。
「でも、終わったらどうなってしまうんでしょうか……」
「どうにでもなるさ」
 それこそ、この国を出ていったっていいんだから。

 終わらせて欲しかった。

 そうだ。鬼の事を言いだしたのは俺だ。
 悪い子は捕まってどこかへさらわれてしまう。
 子供の頃に聞いたラーズグリーズを思い出したんだ。

 荒廃した大地を蘇らせるべく尽力する心を持ちながら、死を降り注ぐ側面故に悪魔と呼ばれた女神を。

 あの国の言い回しの多さにはホント頭が下がります。
 どんなに探してもなかなか見つからないんですよ。
『鬼神』と「魔王」、この二つを分かつ訳が。
 そしてあの人が何を考え、あの大空戦の中で何故私を『鬼神』と呼んだのか。

 久々の任務だった。戦略図に出ているのは、縮み行くベルカの勢力。
 ああ、もう終わるんだって、そう思っていた。
「終戦に向け、連合軍はベルカの軍需産業を根絶やしにすることを決議。我々も作戦参加の要請を受けた」
 ……根絶やし。また物騒な単語が出てきたものです。
 でも、いつの間にか記憶から追い出されていた。
 離陸の順番は一番最後。夜闇に乗じての作戦だったから、今日は見送りは無しだったけど。
「フリーダさん、あっち並んでるの何ですか?」
 ファルコン二機、Pちゃんと他二人。
「ええ、あなたと同世代というのは、超が付くほど希少ですから」
「そんな理由っすか!?」
「一応能力も四半分ほど考慮しましたが」
「半分もいってないっすか!?」
 酷い話です。

 そしてその街では、空では、もっと酷い話が、沢山転がっていた。

「ガルム2より全機へ、前方に炎上中の都市を確認」
「爆撃が始まったって事っすか」
 毒々しい赤い光。この深夜に、視界の心配がいらないとはね……。
「軍事工場、こんなにありましたっけ?」
「……違う」
 工場の焼け跡なんかじゃない。
 煙突は、もっと先でまだもうもうと煙を上げてる。
「全爆撃機へ、ベルカの反撃能力を奪う。精度より破壊率を重視せよ」
「奴等の目的は、精密爆撃じゃなかったのか?」
「ただ爆弾をばらまいてるだけだ!」
「前方にSAMとAAGUN確認、片付けます」
 対空防衛、ここにきてやっと沸いてきた。
 軍事防衛の必要が無い場所。そんな場所とは縁があってはいけない場所。
「こちらクナイ1、敵航空部隊、攻撃熾烈!!」
「……棒」
 だって、もう、この国は……。
「相棒!!」
「えっ」
「シグがやばい!!」
「ガルム1、援護に回ります!!」
 横切った機体は、銀縁が見る影も無くなっていて……。
「味方機に告ぐ、第二区を進行する戦車部隊をしつこく狙うベルカ機がいる。叩き落してくれ!」
「クナイ2了解。1の帰還援護がてら行くわ」
「妖精さん……」
「無駄口叩いてる暇無いぞ!!」
 工場、まだ先……火柱が、上がった。
「こちらPJ、様子が変だ。火災地区が一気に増えた!」
 一面が、火の海になってた……。

「各隊に伝えろ。ホフヌング市は完全放棄」
「但し、撤退は全施設の破壊後とする。奴等には何も残すな……以上だ」

「自分達で火を放ったのか……」
 燃えてる……前も、後ろも。
「これって、焦土作戦……?」
 味方が、街を燃やすの?
「受け入れろ……これが戦争だ」
 敵を落として、その後ろを、爆撃機が通って……。
「放火や無差別爆撃が戦争か!!」
−あの街に戦略的価値はない−
 そう……これが、戦争。
「……シグーっ!」
「敵機撃墜……大丈夫、まだ、飛べる!」
 強ければ生きる。弱ければ死ぬ。
「戦争は無慈悲だ、生きた力と力の、衝突なんだよ!」
「争いにもルールがあるだろうに!!」
 あったら……彼女が死ぬはず、無かったんだ。
 そう、ルールなんて無い。きっと……。
「レーダーにアンノウン検出、認識が弱い、ステルスか!?」
−希望-その名前のなんと皮肉な事か。

「これ以上の爆撃は阻止する!もう沢山だ!!」
 ああ……同じなんだ。ここも、この街も。ここを守ろうと飛ぶ彼等も。
「奴だ!鬼神だ!!」
 私は来られなかった。そして生き延びた。
 彼等はここに来れた。だから……私はしくじっちゃいけない。

 全てがここにあった。
 あの頃求めていた全てがここにあった。
 怒り、憎しみ、憎悪、怨嗟。
 その全てが、ここにあった。
 望みだった。
 その炎に焼かれて逝くことが生きていく唯一の望みだった。

 抵抗できない相手を、惰性で屠っていく。
「ふふ……」
 何だ、結局、私も、あいつらも、オーシアも、ベルカも……。
「あははは……」
 やってることは同じじゃないか!

 知っているのは俺だけだと思ってた。
 事実場数を一番踏んでいたから。
 だが、あんな光景に鉢合わせたのは、一度きり。
 ガキの頃に、地上で見た一度きりだった。

「あっははははは!」
 俺は、いや、誰もが耳を疑った。
 燃え上がる空に響くその声は、魔王の嘲笑そのものだった。
「サイファー……」
「壊れた……」
 さっきまで、相容れないと思っていたPJと、ここまで意識が通じ合うとは思っていなかった。
 戦場に於ける全ての負が、人の形を成して俺達の目の前にあった。
 目の前を飛んでいた敵機がキャノピーをぶち抜かれて墜ちていく。
「おい……相棒っ!」
 燃えさかる街。焼けていく人。
 アイツは、どう思って聞いている。
「奴さえ居なければ……!」
 怒りの感情を抑えきれず、わざわざ回線を開いてまで浴びせかけられる怨嗟の声を。
 それを産みだしたのは、間違いなく彼等で……。
 聞こえてきたのは、笑みだった。
「円卓の街、知ってます?」
「あんな恥さらしを我らベルカ空軍と一緒にするな!」
 啖呵切ったパイロットは、次の瞬間血飛沫と化した。
 もう、見ることはないと思っていたもの。
「無為な虐殺、破壊、何の差がありますか?」
 その姿は、あの時よりも、ずっと……。
「貴様ぁ!」
「冷静さを無くすと、アウトですよ」
 まだ前にいる。このままだとやられる!
「相棒ーっ!!」

−もう、駄目だ逃げられないと思ったんですよ−

 おい。何時まで飛んでるよ自分。
 もう来てるぞ。お望み通りの死がいつでもいいって用意されてるぞ。
 お前の望みだろう、私の望みだろう。
 どうした、何故死ねない。

−あれはなあ、もう壊れたと思ったよ−

「相棒!上、ステルスだ!!」
 自らの街をその手で焼き尽くすべく放たれたステルス爆撃機。
 その存在も、目の前のそれに比べれば些細な存在でしかなかった。
 何も知らず、何も見ないで、ただ飛んでると思ってた。
「後ろ、お願いしますよ」
 敵機の群に突っ込んでいく。
「馬鹿!死にに行く気か!!」
 お前が墜ちたら……誰が長男の話し相手なってやるんだ!!
「PJ!クロウ隊もガルムの援護に回る!落とさせるな!」
「り、了解!!」

−私は独りになっていた。孤独に酔って、あなたを放り出してしまった−

 私はもう落ちられない。
 私はもう逃げられない。
 私はもう、死ねない。
「さぁ、来いっ!!」
 円卓の街は一つでいい。
 鬼神は一人でいい。
 憎しみを背負うのは、私独りでいい。
 だから、一人も逃がさない。

−気付いてしまった。何のために戦っていたのか、忘れていた−

 そして、動く物がなくなった。
 駐留していたベルカ軍は街を焼き払いながら撤退した後。
 増援部隊もまた、燃えさかる街に残骸を横たえていた。
「作戦は成功した、全機、これより帰投する」
 そこに聞こえる、爆撃連隊の通信が、呆けていた意識を引き戻させた。
 戻ってきた理性は、ただ一言絞り出すのが必死だった。
「……くだらない」
 哀しかった。
 灰となった街が。
 静かすぎる空が。
 静かに響くその嘲笑が。
 ただ世界が……哀しかった。

……あ……あははは……あははははは……

「ガキの頃好きだった話がある。いや、好きって言うと語弊が在るか。人と触れあうことを望んでいるのに、その姿と力から人々に恐れられ続けた赤鬼の話。そいつを見かねたもう一匹の青鬼が自ら悪役を買って出るんだ」

 帰投中は誰も喋らなかった。
 誰もアイツの側を飛ばなかった。

「芝居打って人を守った鬼は村人達に受け入れられた。でも、青鬼は乱暴者と本当は仲良しだとばれたら台無しになるからって赤鬼の側を去っちまう。そんな話」

 先に帰っていたシグは腕を折っていた。被弾の振動で変な場所にぶつけたとの事だった。
 でもそうしなかったら多分キャノピーぶち抜かれて御陀仏してたとか。
 どっちにしろ暫く、最悪終戦まで出番が無さそうだとぼやいていたその足下で、子供達が泣いていた。

「どっちが、赤鬼にとって幸せだったんだろうって話」
「……哀しいな」

 そして、相棒はコックピットに籠もりきりだった。
 イーグルアイを通じて状況を知っていたからか、お咎めは無かった。
 行き場を無くした俺は、シグと話をしていた。
 鬼の話だ。

「そう、哀しいよ。強さ故に、その本質を誰にも理解されない、孤独な神様。俺はそう考えている」
「本質……か」

 逝った女のために狂い、子供達の為に生き延びた。
 そんな鬼神の本質は、一体何処にあるんだろうか。

 その戦場を僕達が知ったのはエルジアで。
 ベルカ戦争を振り返る新聞で。

 誰も何も話してくれなかった。
 ただ、酷い戦場だったんだなって事は解った。

 お父さんは腕折って帰ってくるし。
 あの人は機体に籠もりきりだし。

 雨まで降って来て。
 伯母さんだけがいつもの調子で僕に傘を届けるように言って。

 タラップの下にいた僕に気付いて、キャノピーが開いたんだ。
「おいで」

 今でも覚えている。あの人の横で、二人で濡れ鼠になって見上げた……。
「私は……」

 あの灰色の夜空を、僕は今も覚えている。