ACE COMBAT Zero
The Belkan War
The fate neatly reward it. We only remember the nonpayment we of.
...The UnReward War...

Mission8-B

 ねえ、そう言えば私はそんな飛び方をしてました?
 少なくとも前しか見えない奴だったらとっくに墜ちてたよ。
 何も考えていなかったって言ったら?
 本能か?正に戦いの申し子。

 かなり気持ちよく飛んでいた。この時だけだ。この時だけは何も考えなくていい。
 しがらみも、過去も、未来も、何を考える必要も無かった。
 唯一つ、視線がその先の1番機を常に探していることを除いて。
 ここで危惧を探すのは、悪い癖かもしれないとさえ思っていた。
「よう。お前のお目当ては来ないな」
「んー……色々すっきりしたらどーでも良くなっちゃいました」
 マテコラ。
 んなこと言ってると来るぞあのおっさん。
 まあ、今やってきても、迎え撃つか帰るか選べるけどな。
 実際俺達が受け持っているシータ方面にはもう殆ど敵機が見えないし。
「ガルム1より、イーグル1。ベータ方面が苦戦してる見たいですけど?」
「こちらイーグルアイ。シータ方面はほぼ片が付いているようだな、行ってこい」
「話が早くて助かります」
 やれやれ。とうとう食い足りなくて他の戦域にまで手を出す事になりそうだ。
 どのみちここから余所に回される事にはなったんだろうが。
 目的地まで少しかかる。
「長閑な風景だ。邪魔なのは俺達戦争屋ってことか」
 既にその景色に、残骸を晒している
「長閑ねえ……似つかわしくないものは焼き払いますか?」
 視野より先にレーダーが、敵に気付かれたことを告げる。
「敵援軍を確認、警戒しろ!」
 何事かと思ったんだろう。揃ってこっちを向いてきた。
「敵の統率が取れてる。優秀な指揮官がいるらしいな」

 灰色の、しかし真昼の雨雲の中に”それ”はいた。
 雨雲と、雨雲に遮られた青空に紛れ込むように。
「こちら空中管制機ノルト・リヒター。なーんか剣の周りうろちょろしてるみたいよ」
「……あれは本来鞘が大事なんだぞ鞘が」
「輝く刃を持って全てを切り裂く。名前に偽りはないと思いますけど?」
「はっははは。言われたなオイゲン」
「で、不死身にしてくれる鞘は何処にあるんだい?」
「まだ無かったりして」
「隊長、それ不吉ですから」
「ファルブロス3より隊長機。ゼファーが最近かわいくなくなってきた」
「安心しろ。何処の二十歳も似たようなもんだ」
「……サンズと喧嘩でもしたかぁ?」
「単機で飛び込んだ度胸は買ってやろう。全機、手を抜くな」
「ゼファー了解」
「リブラ了解。言われる間でも無い」
「アルバ了解〜て、無視かよー」
「知ってる癖に」
「え……て、おい置いてくなーっ!」

「両サイドから地上砲火を潰します」
「了解」
 挟み込むように対空砲火の中へ。敵陣中央で交差して上空へ。
 グラティサントでも似たようなことをやったが、最初に見たのは……。
「あの二機のが余程気に入ったらしいな」
「あはははーばれましたー?」
 二機としては、ある種の理想だろうな。別々の機を狙っていながらあのコンビネーションは。
「やっぱイングさんのようには行きませんかー」
「あれはちょっと異常だ。それより何か大当たりしたらしい。来るぞ!」
 全機一斉にこっちに機首を向けて来た。
 統率と言うより、全員意志が一致したと言うほうが正しい。
「望む所。全機叩き落とします」

 黒鋼の翼が宙を舞う。
 足下には、振り落とされた哀れな追っ手。
『高速で接近中の機影4……ここのへっぽこ共と同類かしら?』
『違う方に一票。タワー先端からなーんか電波拾ってるのが気にかかるんだけどー?』
『ギリギリまで粘る?』
『この電波のデータだけでも取る。それまでいいか?』
『警戒しつつ偵察続行、しっかりやって頂戴』
『ちくしょー。攻撃直前の微量ノイズたってこんなん積まされなきゃなんねーのかねえ』

 いるはずの護衛機は既に大地に飲まれていた。
 不躾な侵入者は何も知らぬように剣の周りを飛んでいる。
「逃げる気配無し、か」
「エクスキャリバー制御班より入電。これより発射態勢に入る。データを取られると不味い。何としてもたたき落とせ。ですって」
「護衛は他にいないのか?」
「全機マニューバキル。うち一機はエンジンの故障でベイルアウト済み」
「どうやらえらいバケモノらしい。ゼファー、気をつけろよ?」
「非武装なだけあのイーグルよりマシ……て、何で僕なんですか!?」

「……隊、全隊!……は無事だ!」
 混線した無線から聞こえた女の声。なるほど、女傑と言う奴か。
 だが時既に遅し。
 空は2人で平らげたしその間に地上もあらかた片づいた。
「敵驚異レベル2に低下。よくやった。引き続き輸送機の護衛にあたれ」
「はーい」
 もう反撃能力も無い。
 ゆっくり護衛に当たらせてもらうか。
「いい汗かきましたー」
 後はゆっくり帰って終わるはずだった。
 子供達に戦果を報告して、軽く飲んで、そうして終わるはずだった。
 シグの警告も、俺自身の危惧も、すっかり忘れていた。
「ん?」
 最初は遠雷のように見えたんだ。
「また空が……!」
 言い終わる前に「それ」は来た。
 背後の光でコックピットに影が伸びる。
 連続する爆発音、レーダーから綺麗に消えていく友軍機。
「何だ、何が来た?何処から撃ってきやがったんだ!?」
 一斉に阿鼻叫喚の声が駆け抜ける。
 操縦桿を握る手が汗ばむ。背筋が冷える。
 気が付いたら、叫んでいた。
「相棒!」
「え、えーっと……?」
 くそっ……呆けてる場合か!
「何が発生した!?AWACS、状況を!!」

 それは太陽によく似ていた。
 昼なお眩しい光が立ち上るのを見た。
『レーザー砲発射を確認、間違いない!』
『そろそろ交戦距離、逃げるわよ!』
『あ……うおっ!!ったくちっとは気を……』
『使ってたら墜ちるわよ』
『だよな……て、あれ、何処に……』
『一カ所しか思い当たらないわねえ』
『わねえ……じゃない!無線は!?』
『いつでもどーぞー?』
「HQ聞こえるか!?いや管制機でもいい!シェーン平原の全隊に通達、取ったデータをこの場で送る!!サイファー達がやばいっ!!」
『あ、こっちもやばそ』
 言葉を公用語に切り替え、仲間の危機を告げる弟。
 姉は母国語で、自らに迫る危機を口にした。

 反射的に機体を捻る。本来の進行方向に降り注ぐ光の柱。
 そこにいた連中が、あっけなく消えていく……。
「……っ!」
 息を飲む声が聞こえた。
「……来た!作戦本部より緊急入電。状況!敵の長距離攻撃当空域は敵の完全射程内にある」
「遅い、何処を飛べばいい!?」
「敵照準予測座標をレーダーに転送する。全機、攻撃を回避し空域を離脱せよ!」
「くそ……っ!」
 仕事が速いのは有り難いが……。
「砲撃来るぞ!」
「前っ!?」
 レーダーにノイズが走る。進行方向直前の赤い円。
 光の柱が真横を掠めて……地面を抉るのが見えた。

−上から巨大な剣でも振り下ろしたみたいだったんだ−

「機影確認、フォックスハウンド!」
「スピードに乗られたら逃げられる。全機回り込んで追い込め」
『後ろにはついてくれそうも無いわねえ』
『くそ、チャフぶち込むのも無理っぽいな。頼むぜ姉貴!』
 灰色の空。雲の切れ間と黒い夜闇が駆け抜けていく。

「っ……!」
 全身を押しつぶすGの感覚。逃れる為の速度。かわすための機動。
 何度と無くブラックアウトギリギリまでいったかわからない。
 最初はアトランダムだったそれがだんだんと露骨に俺達を狙うようになってきていた。
 あらかた平らげて、最後の獲物を狙うよう執拗な目が見ている気がした。
「くそっ、生きて帰るぞ!!」
 返事は無い。ただ無言で旋回をする様子に辛うじて焦りの色を見る事ができるぐらいで。

−恐くないわけないじゃないですか−

 俺もそれに続く。一瞬青く染まる視界に嫌なものを感じるほどのスレスレ。
 高度が落ちると、抉られる大地の様子がよく見えるようになってきた。
 もう少し、もう少しで予測される射程の外。
 このまま真っ直ぐ突っ切ってしまいたい衝動の横で、また大地が抉られる。

−でも、ふと考えてしまったんですよ−

 焦りをねじ伏せる。生きて帰る事だけを考える。
 仲間は?相棒は?それよりもまず、自分自身。
 レーダーに広がる赤い円。これで、次で最後……!

−このまま飛び込めたら、楽になれるんじゃないかって−

 1番機が、機体を捻ろうとしてない……まさか……。
「サイファー!」
「!」
 機体性能ギリギリまで引き出して1番機がその身を捻る。
 前の機体だったら多分アウトだったろう……。
 あとはもう射程外へ出るだけ。本当にぴたりと止んだ……。
 レーダーを睨み付けても、もう赤い円が現れる事は無かった。
「また、生き延びたな……」
「は……はは……ホントに核よりやばいや……」
 この時は、続きなんて勘弁して欲しい。そう思ったよ。
 怒る気力すら残っていなかったよ。
「この、馬鹿野郎……」
「大丈夫、もう、大丈夫だから」
 本当にうっかりで逝ってくれるな……頼むから……。

 灰色の空。絡み合う空と夜。
『くそっ!振り切れよ!何のためのMIGだよ!!』
『スピードに乗る前にミサイルぶち込まれたい?』
「なんかやばそうですよこれ」
「迂闊に背後を取れないのは痛いな」
「ファルブロス隊!レーダーを!」
「……まさか!」
『あの子達は無事抜けたみたいね』
『次は……て、俺達狙ったら後ろの連中も……!』
『お構いなし、ね。歯ぁ食いしばらないと舌噛むわよ』
 その軌跡を、光の刃が貫いていく。

 そう言えば、あの後に続きがあることは伏せましたね。
 まあな。シグがずっと伏せ続けてたこともあったし。
 わざわざガルムが飛び込んだことが知れたら、ヒサメ君に負担が来たでしょうね。
 ああ。あの記事を読んだときは思ったよ。伏せて良かったってな。

「各隊、状況を報告せよ」
 聞こえてくる返事に、ろくな返答があるわけがない。
 エレメントの全員が無事だったのなんてほんと私達ぐらい……。
「やはり無理か……」
「今度はなんですかー?」
 何となく、悪い予感と言うか虫の知らせと言うか。
 今回助かった功労者だったこと考えましても、ねえ?
「クナイ隊が離脱できずにいる。砲撃はもう無いようだが……」
 死に体の連中を帰還援護に向かわせるわけにもいかず、ですか。
 ま、へとへとなのはこっちも同じなんですけど。

 空と夜は、まだ空にいた。
「あ、あぶな……」
「やってくれるじゃねーかこの野郎」
「向こうも避けたな。あの速度と機動でよく生きてる」
「だがお陰で足が鈍った。次逃すとチャンスは無い」
『あははー……覚悟しとくぅ?』
『じょ、冗談じゃねえ……』

「ねえ妖精さん。このままシグさんが帰って来なかったらどうなりますかね?」
「慈雨の旦那もいるんだろうが……後見人は間違いなくお前だな」
「ですよねえ」
 まあ、どのみちほっとけるわけ無いじゃないですか。
−みんな雨の名前だったよね−
−母さんもよく調べたよねあれは……−
「……妖精さん、兵装と燃料は?」
 あんな話を、もう一度させるわけにはいかないんですよ。
「つきあうぜ、相棒」
「長距離攻撃の射程外だ。全速力で飛べ!」
「了解!」
 燃料が許す限りの最大速度。
 移動の間に解っているのは相手が4機編成の手練れって事ぐらい。
「長距離ミサイルは?」
「ドッグファイトばかりで使ってない」
「やっぱり」
 そういや指示出した覚えもありませんでしたしねえ。
 レーダーの隅っこにちょろっと光点。
「じゃ、私が撃ったら、合図に会わせて全弾!」
「了解!」
 敵射程まで後5カウント。クナイの機体が邪魔にならないことを祈るばかり。
「ガルム1……FOX3!続いて!!」
「ガルム2、FOX3!」

「こちらAWACS、敵援軍確認!ミサイル来るわ!!」
「ちっ……全機ブレイク!」
 白い白煙をたなびかせる八首。
 身を躍らせる。夜は雲を切り裂いて駆け抜けていった。
 その先にまっていた何か。その姿を、確認する事はできなかった。

 時差で全弾。コレを避けられたら奇跡なんじゃないんですかねえ。
「無事ですか?」
「あらー。エースなんて極上の出迎え、感謝するわ」
 あとはもう速度に乗ってしまえばMIGの独壇場と言うことで。
 例の長距離砲撃も無いようですし……全力疾走する必要もないからかわせますか。
「シグさん無事ですかー?」
 返事がないただの屍のようだ。
「あ゛ー……」
 訂正。ただのゾンビのようです。
「さて、とっとと帰りますか。ちょーっと面白い話しも仕入れて来たことだし」
「おうー……ガルムー、帰ったら……んーっと」
「意地でも奢る気無いんですね」
「やめておけ。シグに金銭関係は要求するだけ無駄だ」

 上から見れば俺達傭兵の代わりなんていくらでもいる。
 でもそれはあくまで上の連中の理屈。
 あの子達にとっては、掛け替えの無いたった一人だった。
 シグも、サイファーも……そして俺も。

「よく帰ってきた」
 生きて帰って来た。滑走路中に先に帰ってきた連中や整備の連中が並んでたよ。
 シグ達を先に降ろした。だから俺達が滑走路につく頃には……。
「はいはい。子供じゃないんだからー」
「良かった、本当に良かったよ……もう」
「エドよー。姉貴がそう簡単に墜ちるわけねーだろ」
 イングが人目をはばからず旦那と抱き合ってる。
 こうしてみるとやっぱ夫婦だったなこの2人。
「しっかし毎回あんなでお前よく無事だよな」
「でなきゃRIOなんてつとまりませんよ」
「だな……と、お前等いつまでも泣いてんなよ。鼻水ついちゃうだろー?」
 下2人は無言のままシグに抱きついている。
 どうやら基地中の切羽詰まった空気を敏感に感じていたらしい。
 次男坊は緊張が解けたのかへたりこんでいるし、長男は……シグの側にはいるが、会釈の方向にいるのは俺達だった。
 俺達は長女が気を利かせて持ってきたドリンクを喉に流し込んでいた。
 顔をくしゃくしゃにしてる子供達の頭を撫でながら。
「悪くありませんね、こう言うのも」
「……だな」
 守れたものがあった。
 互いに、それを誇りながら、な。

 小難しいことなんて、全然考えていなかった。
 それで、良かったんだ。