ACE COMBAT Zero
The Belkan War
The fate neatly reward it. We only remember the nonpayment we of.
...The UnReward War...

Mission0

ベルカ公国、かつての雄武国家。
 1980年代、行き過ぎた国土拡張政策は、公国を経済危機へと陥れた。
 連邦法改正による国土縮小計画を以ってしても、未曾有の経済恐慌が収束することは無く、混乱に乗じ、正統国家復古を掲げる極右政党が政権を獲得する事態になった。

 彼女はいつも一人だった。
 白い髪、白い肌。日の光に弱い紅い目。
 謂われ無き嘲りの中いつも一人だった。
 彼はいつも一人だった。
 赤い髪。言葉の通じぬ異国。異邦人の子。
 奇異の視線の中いつも一人だった。
 出会いは必然だった。
 孤独な息子と孤独な娘を思う両親が引き合わせた必然であった。

 彼女と意志の疎通を求め、少年は言葉を覚えはじめた。
 そのうち、少年から孤独は遠ざかっていった。
 彼女は変わらなかった。ただ孤独ではなくなった。

 彼は空に焦がれ、彼女の傍らを離れ、それでも互いに孤独ではなく。
 音速で駆け抜ける空の話を、遅蒔きながら見つけた夢の話をする。
 その関係は、恋と言うには穏やかなものだった。
 愛と呼ぼうにも、遠からず別れの時が来る関係だった。

 1995年3月25日、元ベルカ自治領ウスティオ共和国に眠る膨大な天然資源発見の報を機に、ベルカ公国は突如、周辺国への侵攻作戦を開始する。

「棺、開けてもいいですか?」
 現実から目を背けまいと開けたパンドラに横たわるのは目覚めぬ希望。

……やりたいことを見つけた。今度後ろに乗ってみてもいい?

……暫く会えなくなるの。こう言うの初めてだけど……頑張るから。

……それに、何かあってもシエロが飛んできてくれるでしょ?

 途絶えた未来と言う名の炎は、怒りという名の傷を残す。

-『ベルカ戦争』の開幕である。-

 だが最初の獲物となるはずのそれは、
 報復という痛みに任せて狩るには大きすぎる獲物だった。
「フェンリル1どうした!?応答……」
「駄目だ!キャノピーをやられ……!!」
 少なくとも、猟犬の手に負える相手でなかった。

 最初、それは雲の切れ間のように見えた。

 HUDがそれを捕らえ、瞬きをする一瞬の後。
 先頭に立つ隊長機のキャノピーが赤い飛沫を散らすのを見た。
 続けざまに襲い来る雲の切れ間。まだ、痛みは揺るがない。

「た、隊長!う、後ろの!」
「怯むなゼファー。持ちこたえろ!」

 落ちていく翼。
 勝ちは無い。
 この命果てようとも、せめて一矢を。

「何やってるフェンリル9、ノワール、引け!!」
「前方の機、聞こえるか?」
「……黙れ……」

 あり得た明日。
 あり得た未来。
 あり得た希望。
 あり得なくなった、夢。

「そろそろ門限なんじゃないのか?」
「黙れ!黙れっ!黙れェーッ!!」
 開かれた回線から聞こえてきた溜息。
 彼を通じて聞こえる、自分に追われる男の上擦った声。
「まだ若いな。だが……」
 真横を掠める、死の一閃。
「死んでもらう」

 復讐の炎を一瞬にして吹き消す、死の息吹。

 それからの事は覚えていない。
 無惨に砕かれた亡骸も、途絶えた未来も、何も考えられなかった。
 生への執着が、死の恐怖が、復讐を喪失を、軽々と凌駕していく。

「……ゼファー、無事か?」
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
「あーあ。こりゃ次回は待機かー?」
「だ、大丈……夫、です」
「しかしバルト、お前が獲物で遊ぶとはらしくない」
「……そう、見えたか?」

 自分はあの時、何を考えていた?
 怒りも、復讐も無く……ただ恐怖していた。
 あの時の絶望さえ、全てを忘れて。
       っ!!」

準備不足の各国は、歴史的経験からも実力のあるベルカ空軍の前に敗走。ウスティオ共和国は、数日でほぼ全土を占領下におかれた。
ウスティオ臨時政府は、残された第6航空師団を外国人傭兵航空部隊として緊急再編。オーシア連邦、サピン王国との連合作戦に一縷の望みをかける。

「で、どうなんだ?」
「体には問題有りません。ですが……」
「何か言ってやれないのかね?」
「私にその資格はありません」
 夜の闇。月明かりの差し込むハンガー。
 照らし出されたのは、額に大きな傷を付けた大鷲。
「しかしまあ見事にやられたものだ……結局、生還者一名、か」
 その傷は巣に戻った途端、負荷に耐えきれず折れてしまった。
「……修繕にいくらだこれ」
「請求する相手がいません」
 それは、必死に足掻いた証。
 生への執着の証。内に秘めた力の証。
 だが、彼がそれに気付くのはもっとずっと、後の話。

 そしてその力故に、彼は大地に縛られた。

「今……なんと……」
「言った通りだ。次の出撃は許可しない」
「何故です!今、少しでも戦力が必要な時に、何故!?」
「足してマイナスになるようなら出さない方が良い」
「……っ」
「君は生き延びた。その力は評価している。少しでも必要な戦力を、失うわけにはいかないのだよ」
 彼の心は、何処にも無かった。
 ただ空へ、全てを忘れただ空へ逝きたかった。
 その為なら、地に頭をすりつける事すら厭わなかった。
「お願いです!上げて下さい!!今上がれなかったら……!!」
「却下」

 下らないことに拘っていたのかもしれません。
 私の言葉一つで、貴方に会う必要すら無くなっていたのかも。
 ……今更悔やんでも仕方在りませんし、手放すには惜しい「今」です。
 だけど、自己満足の代償はあまりに大きい、そんな戦争だった。

 それから数日間、彼は荒れ狂った。
 部屋の物は全部素手で破壊し尽くすわ、その時の負傷を手当しようとしたメディックは脅すわ。
 食事さえまともにとっていたか解らない。
 なのに、守るべき姫君を失った騎士に誰一人対抗できなかった。
 ……軍人が聞いて呆れる。
「今更何のご用で?」
 血の気の引いた笑みが、白塗りの道化を思わせた。
 皮肉を含んだ声に、かつての面影は無い。
「傭兵を集めて部隊を再編成する。シルヴァンス少尉、君も入れ」
 その言葉を聞いたとき、彼の中に見えた光に嫌な物を感じた。
 横で手を組んでいる司令の表情から一瞬笑みが消えるのを確かに見た。
「だが、傭兵としてだ。Tacネームは変えて貰うが?」
「丁度いいです。死人の名を使うわけにはまいりません」

 「サイファー」と名乗った道化は、笑っていた。

「本当に飛ばすのですか?」
「丁度、ゼロからのスタートだ」