ACE COMBAT Zero
The Belkan War
The fate neatly reward it. We only remember the nonpayment we of.
...The UnReward War...

Blank10-明日-

 ……悔いていますか?
 ……悔やんでも悔やみきれねえ。
 でも結局、ここで私達が苦しむのも傲慢ですよ。
 見つけた答えを目の前で叩き潰された、あの子達に比べれば。

 ぱたん。

 ……私は目の前で閉ざされた扉の上に灯るそれを、見なかった事にしたかった。

「まいったね……」

 直後に聞こえて来たのは扉を蹴り開けた音ではなく、男性の声。
 落ち着いた、ですが妖精さんのような生真面目さは無く、パト君のような青臭さも無く。
 少し首を横に向けてれば、髪に隠されたそれが見えるのだけど。
 ガシガシと頭を掻く動きに合わせて、ガシガシと。
「補聴器と絆創膏、見えてますよ」
「いーよ見せてるんだから」
「へ……」
「俺引くこれ。さあ何だ?」
「あとは片目を潰せば完璧ですか?」
「うわ、やっぱ鬼神」
「ただの鬼でーす」
 青い目がつり上がる。隣で緑の目が歪む。
 オッドアイと補聴器。そればかりが印象に残る人だった。

 ……何が哀しくて、オペ室の前で男と並んで座っているんでしょう。

 サイレンはパトカーの音。この人、ステファン=ジークベルトの手駒の一人だそうです。
 ホフヌングで私が落とした、元パイロットなんだそうな。
「彼等、捕まりますかね……」
「無理だろうね、ハース君の目がどこまで見るか期待」
 結局救急車が来るまで、頑張ってくれていたのはアデーレさん。
 弾が抜けないと言う状態で、かなり危険だったそうです。
 私が自殺未遂して血濡れになった部屋は大丈夫だったのに、気疲れで寝てるんですよ、今。
「しかし本当にまいった……君の為にとおみやげ用意していたのに」
「貴方とのパイプは、かなりのおみやげだと思いますけど?」
 だからフリーダさんには、なんとしても助かって頂きたいんですよねえ。
 ……本当に、小難しい政治の話だけになるなんて思ってもみなかったんですから。
「失踪者の情報、残党の情報、ついでにクリストフ=ホルンとその婚約者の無事の確約。君はそれで満足かい?」
「まさか……」
 不満ですよ。不服ですよ。
 ベルカ中駆けずり回って結果がこれ。
 それだけならまだ諦めもついたんです。まだ……。

 ずるずると歩み寄ってくる布の気配。
 私が気付いたのは、ステファンさんの後でした。

『中尉は?』

 サイズの合わないコートを、ずるずる引きずってました。

『……ヒサメ君、みんなは?』
『PJと遊んでる』
 で、一人不満でこっちに来たわけですか。
 こっちはこっちでつまらないとおもうんですけどねえ。
『強いな、鬼神の子は』
 うう、この人、完全に私をからかい倒すつもりらしいです。
 あんな事がなかったら、私も受けて立つんですが……。
 床を蹴る音。パシッと言う音。
『……っ!』
「おっと」
 その光景は、静止画のように見えた。
 ヒサメ君の飛び膝……受け止められた。
 それも、片手で。
『ふーむ、君は君かい?』
『……』
 そのやりとりと、ヒサメ君が着地したのはどちらが先だったでしょうかね。
 着地、ステップの先は私の前。丁度割り込むようにということは……。
「……俺、警戒されてる?」
 ほらほら。一応偉い人なんですから唸らない唸らない。
 唸るの止めても睨まない。
「ま、私が会ったベルカンエースの中でも胡散臭さはトップクラスですからねえ」
 この時、忘れていたというか、なんというか、そう。
 一言も聞いていなかったんですよ。
「俺がエースなら、君は文字通りの神様かい?」
 この人がパイロットかどうかなんて。

「戦争で真っ先に犠牲になるのは子供達……一番強くなるのもまたしかり、かな?」

「この子は最初からおっかない子でし……いだだだだだだだっ!?」
 何で足踏むんですか!?
 何でベルカ語理解してるんですか!?
 ていうか、皮狙わないで皮ーっ!!
『……』
 ひとしきり私が悶えたの確認して、やっぱり睨むのはステファンさん。
 なんか嫌い方が過剰なんですけど……さっきの受け止めのせいですかね。
「やっぱ裏切り者だからかな」
「ベルカの、ですか?」
 そう尋ねたら、その人は色違いの目を静かに伏せた。
 無言、無言、無言……何かを考えているようですけれども。
「君は、キラービーを追っていたそうだね」
「妖精さんと、お知り合いだったようなので」
「……それだけの為かい?」
 裾を掴む小さな手が、また皮膚をつまもうとするから阻止……しようとして手を抓られました。
 何なんですかもぉ……。
「そうか、それだけか」

 話が、それ以上続きませんでした。
 そのままフリーダさんは病院で、私達は彼の家で一夜を過ごす事に。
 子供達に絡まれたまま眠るアデーレさんの姿は、結構見物でした。
 ……何でヒサメ君がさっきから恐い顔で、それでも私の側から離れないんでしょうか。
 答えは、迎えの車が来たときに解りました。
「ヒサメ……君?」
 車に、乗せてくれないんです。いい具合に邪魔になる位置で棒立ち。
 そして、この子の手が、ずっと背中に回されていた事に気付いたのも、その時でした。
 回された手にあったのは、トランプ……?
「傷心の人間に、多くを期待する方が酷なのか?」
 次の瞬間、首筋を、何かが通った。
 誰よりも、すぐ動けるはずだったヒサメ君よりも早く。
 ナイフを突き付けられていると気付くのに、どれだけかかったかな……。
「お前に、よっぽど会いたがっていたよ、あの人は」
 後ずさってた。
 ヒサメ君を腕に抱いたまま。
 それに合わせて刃は迫った。
 何か、突っかかって出て来ない……。

 恐かった。恐かった恐かった恐かった。
 何が一番恐いって、この人が本当に刃を振るって、この子を守れる自信が無い事。

 思わず抱く腕に力を入れる。
 首筋に当てられた力が、抜ける。

「あーあ、鬼神の目に、蜂さんはもう入りませんか」
「あ……」
 そうだった。
 ここまで、彼の名で辿った。
 彼の名で、私の素性が暴けた。

 その後は首根っこ掴まれてもヒサメ君は無反応。
 薄情なのか空気が読めてるのか。
 ああでも、本当に、すっかり綺麗に忘れていた。

「……そう。最初は彼を殺すため。今は……」
「ただのとっかかり」
 通り過ぎる街灯に照らされるサングラス、妙に似合います、恐い意味で。
 私と彼が後席で、ヒサメ君が助手席……ダッシュボードを弄らない。
「彼に殺されかけたんですよねえ……」
「そう。説教したら大絶叫。その後は君が知っての通り」
 嫌がらせとばかりに大虐殺……私の罪、私の業。
 もう怨んでいない。もう決着どころでない。ただ……。
「伝えてくれませんか、生き延びてやったと」
 彼は、目を伏せた。
「それだけか?」
「もう憎んで無い。もう決着に興味は無い」
 向き合うべき相手に向ける剣はもうある。
 解っていたじゃないですか。次に会うのは、戦場の空だって。
 偶然出会って、ふいになったから、ただ……。
「ただ……力を貸して欲しい。今でもやり合いたくないのは彼だけだ」
 思わぬ幸運を逃して、拗ねていただけです。
「解ってると思うけど……」
「そう、ですか……」
 ああ。何で無理と解ると途端に会いたくなるんでしょう。
「彼のパイプは俺が継いだ。協力は最初からするつもりだよ。今度こそ、徹底的に掃除しないと」
 本っ当に政治云々とか小難しい協力関係だけですか。
「今度ですか?」
「あの人、後始末せずに前線去っちゃったから」

「鬼神」
「はい」
「君にとって、あの人は何だった?」
 ああ、この人は本当にその人を慕っていたんですか。
 それとも、その人を慕う人が大勢いて、その一人?
「頼む、何でもいいんだ」

 パチン。

 その音に顔を上げる。ステファンさんは胸元で、ロケットペンダントを弄っていました。
 よくは見えませんでしたけど、小さい写真に5人ぐらい映ってたような。
「あの人の子供達に、鬼神の、エースの言葉で伝えたいんだ」
 互い違いの目が、少し潤んで見えました。
 ヒサメ君は背もたれに首のっけてこっち見てます。
「出来たら直に、この子達を連れて」
「……ええ。いつか」

 結局、昔話はできませんでした。ただ前を。
 敵だったと言うのにあの時の私の荒れっぷりを気にしていたそうです。
 そんな心配が、今の私には欠片も無かったと……。

 ドザザザッ

「!?」
「あっ!!」

 時刻が、12時を回りました。
 ……ヒサメ君が蹴り開けたダッシュボードの中にあったのは写真。
 それを二人で一生懸命片付けて終わりました。
 その中の一枚に、何処か見覚えのある顔がありました。
 何処で見たのか……思い出せませんでした。

 銀色の瞳を、こんなに輝かせた子供ならすぐ思い出せるはずなのに。

 なんでよ。アンタ、本当に、どの面下げて来れたっていうの。
 自分が何したか、解ってるわよね?
 つーかさ、本当に神経疑うわ。
 アイツも、あの人も、何でアンタを許せるわけ?

 ……恐かった。ものっ凄く恐かった。
 腕を伝う真っ赤な血。真っ青な顔した中尉。
 何が最悪って、弾が貫通していなかったこと。
 応急措置は間違っていなかった。うまくやっていた。
 でも……やっぱり凄く恐かった。
 情け無いよ。中尉を預けた途端、ばったり倒れちゃうなんて。

−臆病者!−

 うとうと寝ていたアタシは、夢に響いた声で目が醒めた。
 背中の感触はベッド。視界に映るのは結構良い家の天井。
 のしかかるのは明らかに布団とは違う重み。お子様方の圧迫。妙に心地よい。
「……ここ、何処?」
 病院じゃないことは確か。中尉はどうなったのかな?
 シエロは、どうしたのかな?
 長男だけ相変わらずあいつにつきっきりなのかな。
 ふかふかの枕に埋もれながら首を動かしたら時計が見えた。
 ……午前、6時。
 一晩ここで寝て過ごしたのか。
 体を起こしたいんだけど……子供達が邪魔で起きられない。
 いや、無理に起こしてもいいんだけど、何でこう、せめて引き剥がしてから寝せ……。

「1,2,3,4ぃっ」
 誰だラジオ体操始めた馬鹿野郎は。
 耳に付くのか子供達が布団に丸まり始める。
 布団を引き剥がされる形で解放されたアタシはまた捕縛されるまえに起きた。
 本当はもうちょっと眠っていたかったんだけどね……。
 腰を落とし、踏み込み、全体中を肩に乗せ……。
「5ぉ、6,7,は」
「ウラッ」
「どわっ!?」
 遠慮がちに吹っ飛ばす。うん、遠慮がち。
「うーっす」
「は、早いっす……ね?」
 朝っぱらから声を上げるような馬鹿。
 パト公以外に誰がいる。

 呆けている馬鹿野郎踏みつぶしながら事情徴収。
 中尉の方はとりあえず安心。シエロはジークベルトさんと一緒。
 と言うか……ねえ。
「ここ、その人の家ってか?」
「ええ、まあ、その……そろそろ……」
「んー?」
 ぐりぐりー。叫んだら殴り倒して黙らせるぞー?
 テラスから外を見ると解るんだけど本当に広い。
 個人の邸宅ではなく、とある貴族の私有地を差し押さえたものなんだとか。

 9月の早朝の空気は、確かに寝ているのがもったいないと思ったけどさ。
 音を出さないことを条件にラジオ体操許してやれるぐらい。
 ご丁寧にアンティークなポットに紅茶のセットがあるから頂く事に。
 ……先に煎れたのがクロウ2ってのは正直驚いたけど。

「ねえPJ……」
「なんすか?」
 まーだ屈伸してるよ。何時まで同じ事やってんだ。
「アイツがあのまま戻って来たら、アンタどうしてた?」
 言ってから気付く。そんな簡単に復帰できるはずないじゃない。
「あー……どうなるんですかねえ……」
 気付け。それでも当分ガルム2でいられるぞ。
「多分、俺はピクシーにはなれないっすよ」
「いいじゃんPJで」
 何を当たり前の……て、あれ?
 アタシ何かおかしな事言った? 何にやにやしてんのよ。
「それっす」
「んあ?」
「同じ事言われましたよー。シエロにー」
 ……ニヤニヤの意図に気付いたアタシは、今度こそコイツを夢の中にご招待した。
 少なくとも、ノックの音程度では起き上がらないぐらいにね。
「どうぞー」

 入って来たのは、何というか、ひょろい坊やだった。
 茶色い髪を肩の辺りでばらけて切ってある、PJとは違う意味で子供な感じの。
 そのひょろいのがさ、アタシの顔見たとたん、目を見開いてやがったの。