ACE COMBAT Zero
The Belkan War
The fate neatly reward it. We only remember the nonpayment we of.
...The UnReward War...

Blank9-決裂-

 何処かで、整合性を残した誰かがいれば良かったんでしょうか。
 私はもうとっくに壊れていた。あの人は古いベルカを壊そうとしていた。
 妖精さん達は世界を壊そうとしていた。
 彼女やあの子達は……「自分」と言う名の壁を壊そうとしていた。

 ぱたん。

 ……私は貨物室にあったそれを、見なかった事にしました。

 ガコッ!

 直後に蹴り開けられたドアで顔面を強かに打って、大の字にぶっ倒れそうになりました。
 パト君が支えてくれなかったら後頭部も強かに打っていたと思います。
「随分な扱いですねシルヴァンス少佐」
 毛布にダウンジャケットという、完全武装の、ありえない人が出てきました。
 ここにいるはずの無い人が……。
 いや、本当に、現実逃避したいと思いました。
 多分パト君や、アデーレさんも同じだと思います……よね?
「シ……シエロ……」
「な、何か……偉いことになってるっすよ……?」
 ええ、ええ、解ってますよ。
 フリーダさんがここにいるということはです、つまり、いるんですよ。
『……』
「え、えーっと……」
「ごめんなさい……」
「来ちゃいました……」
「良い子なんて止めてやります」
「みーんな悪い子にしちゃった♪」
 あのー、これから会いに行くのは、ベルカでも結構偉い人なんですけど?
 そして、多分退屈になると思うんですよ。
 ……一縷の望みを託して会おうと思って駆けずり回っていましたけど、段々と逸れている。
 私自身を、どうこうする旅になってきていますし。
「フリーダさん……ここが何処か解っていますか?」
「ベルカ首都ディンズマルクですね」
「何で止めなかったんですか?」
「貴方がそんな事を言うとは、世も末ですか」
 シグさんと同じ事を言われました。
 ……今頃倒れているんでしょうねえ、あの人。
「それに、現ベルカの政治に関わる人間とのコネクションはあって損はありませんから」
 普段事務的な彼女の言葉が、これほどまでに上辺だけに聞こえたことはありませんでした。
「第一……メディックが良くて私が来てはいけない言われも無いでしょう」
 逆らったら、私死にますね。
 あ、アデーレさん恐いのは解りますから絞めな……い……で……。

「なかなか愉快な仲間達だな」
 ……デトさんに皮肉られるのは、至極当然の事だったと思います。
 しかし待ち合わせ場所が、オープンカフェの一角とはねぇ。
かなんというか。
「案外フランクな人なんですかね」
「一般人を抑止力に出来る男だからな」
 なるほど……まあ確かに、ここで一般人を巻き込んだら、どんな埃が出て来るのやら。
「それともう一つ」
「はい?」
「……私はあの男が嫌いだ。そして、正直君も嫌いだ」
「それはどうも」
 んもー、この照れ屋さん。
「紅茶を飲む姿が様になってるぅ〜♪」
「……気色悪いぞ」
 子供達はまだ注文をカウンターで待っています。一体何人前頼んだんでしょう?
「つっても……子供達と一緒でいいんですかね?」
「……我々の中で、子供にコンプレックスの無い者はいないさ」
 そう。あの人には子供がいた。
 ヒサメ君と、殆ど変わらない年頃の子供達が。
「まさかカミラちゃんの友人がそうだったなんて思いませんでしたけど」
「アレが祟っているとしか思えん」
「祟りねえ……」
 備え付けのテレビにホームドラマとかじゃなくて一般ニュース流してるあたり生真面目な国民性と言うかなんというか……見方が違うと、意見も180度違ってくる。
 その時、自分の後ろの席にまで意識なんて及びませんでした。
「愚かしいとは、思わないかね?」

 空戦なら、死に直結する失態です。

 デトさんに身振りで尋ねる。返答は否定。何青い顔なさってるんですか?
 視線を巡らせる。何人かが見ている。好奇の目じゃありません。
 デトさんがこめかみをひくつかせているのを見る限り……敵もお互い様ですか。
「まあ、確かに愚行でしょうね」
 受けて立ちます……アイコンタクトで案外解るもんですね。
「何故このようなことが起こるのか、考えた事があるかね?」
「さあ?」
 大丈夫ですよ。秘密裏に動いているはずなんですから、こいつらも。
「結局、戦場が空からテーブルに移っただけだ。国境を引き直すために」
 ああでも、子供達は大丈夫ですかね……。
 フリーダさんがいれば、まあ問題はありませんか。
「で、またごたごたするんでしょうねえ」
 きっと仕返しを考える。
 きっと、復讐を考える。
 実行の機会が在れば。
「そう。遠からず繰り返されるだろう」
「ここ、苛められて黙ってるタイプじゃないでしょうしねえ」
 デトさん、お気持ちは解りますけど、顔真っ赤。
「虐げる者と虐げられる者。隔てるのは一本の線だ」
「それを取り払えれば、もしくは?」
 少し付き合うぐらいのゆとりは持ちましょうよ。
「たった一本の線が消えるだけで、無為な死が減る」
「……どうでしょうねえ」
 どうせ、叩き潰すんですから。
「少なくとも、あの時のような犠牲は無くなると思うが?」
 声色が変わった。
 真実を追究する子供を誤魔化す、大人の声だ。
「消えません」
「テロや宗教戦争の類か? 引くべき線が無ければ、潰すべき内紛で終わる」
「狂信者同士で勝手にやってろ、ですか?」
 あーあ……まあ政教結びついてろくな事になった試しはございませんが。
 要するに、ヘッドハンティングだったりしますか?
「宗教が消えたって消えません」
「……ほう?」
「この戦争は一種のイジメ。オーシアは狡猾な子供。ベルカはキレた子供」
「ならば双方を諭す存在が必要だ」
 ……その言葉に、肺の奥に熱が溜まるのを感じる。
 横隔膜をフル稼働してでも吐き出したい不快がこみ上げるのを感じる。
 全身の筋肉が、殺傷の感覚を求めているのを感じる。
 吐き出したいのはこれか?
 まだ、まだですよ。ピエロの仮面を外すのは。
「喧嘩両成敗?」
「そうなる」
 ここにいるのが戦争前の私なら、きっと大乱闘。
 ……それとも、泣き寝入り?
「私はこの時この瞬間、貴方という個人を軽蔑する」
 さあ、次は愚者の仮面を。
「いかなる言葉も行いも、それを払拭することはないでしょう」
 賢者の皮を被った、愚者の仮面を。

 貴方のような大人が、何人の子供を失意の底に叩き落としていると思いますか?

 思いっきり椅子を傾けて背中反らしてみたら、こっち見ていました。
 何か知識職についてそうなオジサマでした。
 感心したような顔で、初めから、返答が解っていたような顔で。
 ……やれやれ。一枚上手ですか。
「残念だよ」
「そういうわけです。お引き取りくーださい」
「そうさせてもらおう。ただな……」
 そう言ったその人の視線が、子供達がいるはずのカウンターに向く。
 フリーダさんが、どこかへ駆け出していた。
「子供と部下の躾はしておいた方が良いと思うぞ」
 アレは上司だと、そう言うより先に駆け出していました。
 胃の奥から沸き上がる、異様な冷えに弾かれるように。

 俺も、軽蔑に値する人間なのか?
 ……大人に言いくるめられた哀れな子供。
 それだけです。
 何もかも……その一言で終わらせるんだな。

 ディンズマルクの商店街。何が哀しくてだな、
「ったく何やってんだアイツはーっ!!」
「だから無理だつったんだ!!」
 野郎と二人で突っ走らなきゃなんねえんだっ!!
 相棒が追って来るなら覚悟もしたさ。だけどな……。
「アイツらの体力は底なしか……」
「諦めろジョシュア……奴等に比べたら、俺らも年だ」
 完全戦闘態勢の中尉とガキ共に追い回されなきゃなんねえんだよーっ!?
 いや、相手は女子供だ。もちろん交渉カードにしようなんて案も出たさ。
 ……発案者のパーマーは、デコに投石くらって俺の肩に乗ってるが。
 投げつけたのは次女。ジャケットに刺さったトランプは次男。
 ジョシュアの頭に染み込んだコーヒーは長女。
 末っ子はアデーレがカウンター前で抱えている。アレじゃ捕まえるなんて夢のまた夢。
「周りの連中は何を……」
 カフェの周辺にも念を入れて何人かいるが……。
「長男の餌にでもなってんじゃねえか?」
 多分無理だろうなあ。
「ハァッ!!」
「……っ!!」
 あー、やっぱ通路に潜んでる連中の掃除に回っていたか。
 女一人と子供一人に蹴倒されるのも……いや、陸軍に化け物一家筆頭か。
「言っておくが、人質は却下だぞ」
「俺とて地上であの姉弟を相手にするほど愚かじゃないさ」
 このまま撒く事ができればいいと思った。

 思っていた。

 ジョシュアの手に、黒く光るそれを見るまでは。
「おいっ!」

 パンッ……と、乾いた音が響くまでは。

 誰かが倒れる音はしなかった。
 長男が「彼女」を支えたまま、目の前にいた。
 チビ達が追いかけて来た通路。二人が居る通路。
 そこから、片手に名も知らぬ「同士」をぶら下げて出てきたのは、一番会いたくない奴。
 一番、会って当然の奴。
「相棒……」

 幸いか、それとも不幸か、俺達が立っていたのはT字路。

 そして、多勢に無勢。こっちは俺がジョシュアの手を捻り上げたまま。
 だが、相棒の背後ではが銃を構えられている。
 相棒の向ける銃口と、青白い中尉の顔だけが嫌によく見えた。
 つい最近まで一緒に飛んでいた奴と……一緒にそいつの世話してた奴。
 周辺も、包囲を狭めてきた。
 多分この位置だと、子供達も逃げられないだろう。
「……ドタゴタが在る限り、結局はこうなるんだ」
 その時の俺には解らなかった。

 本音だったのか、コイツらの為の建前だったのか。

「シエロ!!」
 銃声。相棒に向けられた銃が弾かれる。目を疑った。
 恐らくは、相棒も。
「パト君!?」
 ……クロウ3にこんな芸当ができたなんて誰が信じる?
「出来れば外周から援護欲しかったんですけどー……?」
「一人にできませんよ!」
 まあ、やっぱ馬鹿は馬鹿だった。
 これ見よがしに、背中合わせに立つな。
 ……本当に、何でコイツはこうイライラさせる?
 あーあー……銃拾っちまっ……ああ、3だったな。
「シルヴァンス!!」
「少佐!」
 覚えちゃ居ないがクロウ1と2の声。目配せの後離脱。
 引きずられる俺。サイレンの音。
 銃声。アイツの綺麗な顔に、傷が一本出来るのを見た。
 長男の肩に寄りかかった中尉の腕から、血が流れていた。
 見覚えの無いツインテールの少女がその腕にハンカチを巻いている。

 その光景が、なぜだか目に焼き付いた。
 たったそれだけの光景が。

 顔を上げた中尉と目が合った。睨んでた。
 それが路地の角に消えた辺りでその声は響いて来た。

「臆病者!!」

 相棒の声とは思えないほど真っ直ぐ響く声だった。
 その一言が、俺の鼓膜を揺さぶり続けた。

 あの日俺は、戦う理由を見つけたと思った。
 そして、生きる理由をかなぐり捨てた。

 俺はまだ気付いていなかった。

 その戦う理由に、深く深く、鋭い楔が撃ち込まれた事に。

 その痛みが、罪悪感などではあり得ない事に、気づけなかった。

「どうした、ラリー?」
「いや、ただ……」
「その悲しみも、いずれ終わる」

 その光景が、なぜだか目に焼き付いた。
「出来れば外周から援護欲しかったんですけどー……?」
「一人にできませんよ!」
 たったそれだけの光景が。

 その光景が、なぜだか目に焼き付いた。
『もっときつく結んで』
「ベルカ語使え」
 言葉が通じてないんだろう。しかも露骨に嫌われている。
 長男がハンカチの切れ端を掴む。
 意図に気付いた少女が反対側を掴む。
 たったそれだけの光景が。

 どうせ貴方は、苦しむだけ苦しんだんでしょう?
 守るべき理想を失い、帰るべき場所に戻る機会を失い。
 憎悪と断罪が救いになるのなら、私は永久に与えない。
 ……今、カミラちゃんに相当するのが何も知らずに観光……なんちゃって。

 後々スク君に言われました。その時の顔は鬼のようだったって。
 悔しくないわけないじゃないですか。
「ヘマを……踏みました……」
 目の前にいて、まんまと逃げられたんですから。
 連れて行かれたんですから。
「これでは、彼が帰れません……」
 解ってましたよ。こんな所で銃撃戦やらかしたら、子供達はアウトだったって事ぐらい。
 どっちでも、答えは一緒。引き戻す機会を、潰されたって事ですよ!
            っ!!」
 壁に打ち付けようと思った拳を止めた手は……思ったより細かった。

「いけないな。パイロットなら手はもっといたわらないと」
 パトカーのランプに照らされて現れたその人は、オッドアイと補聴器が嫌に目立つ人だった。
「特に君は」
 他に特徴を、上げようの無い人だった。

「ステファン=ジークベルトだ。デトレフから話は聞いてるよ、円卓の鬼神?」
 長い旅は終着点を前に、その意義を失った。

「待ち合わせの、10分前には来るのが筋でしょう……」