ACE COMBAT Zero
The Belkan War
The fate neatly reward it. We only remember the nonpayment we of.
...The UnReward War...

Blank6-偶然-

 ……なーんでそこで帰さなかったんだ?
 帰せるような子に見えましたか?
 いや、全然。全くもって見えなかった。
 でしょー?

−ウスティオ・ヴァレー基地−

 なんで?どうして?
 中央には山積みの傭兵。
 そのてっぺんには無表情な男の子。
 入り口にはどこかから入ってきた女の子。
 その間ににずしーんと横たわる、いやーな沈黙。
 一体どうやって?いやいやそもそもどうしてここに?
 ていうか……えーと、ここまで帰るのに、車と、輸送機乗り継いできたわけで……。
「ね、ねえ?」
 案の定徒言いますか、肩に手を当てたとたん体が傾いて……ぱたん。
「カミラちゃん!!」
 車のトランクに、輸送機の貨物スペース。
 よくここまで一人で付いて来たものと……。
 見て見ぬ振りしてた連中、この子が起きるまでに数発ほどぼっこぼこにしておきました。

 それから数分立たずに目を覚ましたそうで。
「……サイファー、何やって来たんすか」
「色々♪」
 医務室じゃなくてソファで済まされちゃったみたいですねえ。
 ま、悪い子にベッドはもったいないですか……。
「……」
「さて、もう次の一言は解ってると思いますが」
 カワウさん、今頃胃に穴を開けてると思う。
 これ以上悪行重ねたくありません。
 でも横にヒサメ君がいます。
 何言っても説得力がない気がしますが言わなきゃしょうがない。
「明日にはまたディレクタスです」
 昔の彼女に似ていた。そして私は、あの頃彼女が憎んだ大人だった。
「やだ」
 こうなったらついでに再々検査も済ませてやる。そのぐらいの気持ちだった。
「良い子だから……」
 そう、思っていた。
「……辞めてやる」
「?」
 忘れていたのかも知れない。
「良い子なんて辞めてやる」
 この子は一度、壊れたんだってこと。
「大人に都合の良い子なんて辞めてやるっ!!」
 良い子でいることの無意味を、叩き込まれたんだってことを。

 ……シグさんだったら、もう少しうまくやれたのかな。

−オーシア・某所−

「所で失恋坊主。そのおっさん、誰だ?」
 早乙女時雨が訪れたそこは、小さな個室。
 軍人に宛われた部屋としては平均的な広さだろう。
 片隅には荷物と読んでいいかも解らないものがごろごろと並べられ、その反対側には明らかに整理されたスペースが広がっていた。
 その部屋の主、バートレットの後ろにいたのは頭が少し、いやかなり寂しい中年男。
 部屋に入った瞬間こそ驚いたような顔をしていたものの、今はすっかり落ち着き払っている。
「コイツのことは、つつかないでくんねえか」
「そりゃあつつけつってるのと同義じゃねえのぉ?」
 眉をヒクつかせる家主。
 撃墜されたと聞いて様子を見に来てみれば妙な拾い物をしてきたものだ。
 まあそれはそれで「手間が省ける」と言う物だが。
 男の身元はバートレットも承知しているらしい。それがこうしてここにいる。
 最悪なら利敵行為にも等しい。
 こちらがウスティオ空軍からのお達しでオーシアを彷徨いているのは知られているだろう。
 つまり、自分の行動いかんで二人の命運を決める事もできるというわけだ。
 と、浮かべようとした意地悪な笑みは、
「変なところが父上に似たねえ」
 男の一言で中止。つまんねーと口を尖らせるが、男は微笑むだけ。
「……知り合い?」
「親父が昔ベルカいたんだよ……俺がガキんちょの頃」
「基地に連れ込んでいたときは驚いたけどね」
 今でも、呆けていたあの表情を覚えている。
 その後父と口論になっていたことも。
 ……まさか同じ事をやっているとは口が裂けても言えない。
「ったく、どいつもコイツも酔狂だねえ」

 消えた部隊、ウィザード隊と呼ばれる隊についてはもはや有名所だった。
 まあ、バートレットに大して期待はしていない。
 せっかく彼女の事でからかってやろうと思ったのだが、本当に失恋されていては。
「んで、おっさんの方は別に聞きたいことがあるんだ」
「私も、丁度君に伝えて欲しい事があるよ」
 その後に語られた男の言葉は、シグを困惑させた。
 生死が危ぶまれる……少なくとも、もう決着はつけられないキラービー。
 そして、彼からの言づて。

「この空を、頼むとね」

−ベルカ・某所−

「まーた埃っぽいところに住んでるわねえ」
 突然の来訪者は、彼女を震え上がらせるのには十分過ぎた。
 東洋人らしい顔つきとまったく似合わぬ体つき。
「ジウ……」
 同期の「桜」と呼ぶにはあまりにかわいげのない人間が訪れていた。
「ヤマカン」
 嘘を付け。言ってやりたいが返す刀で斬られるのがオチなので言わない。
「で、一体何の用よ?」
「あら。同僚の仕事ぶりを拝見しちゃいけない?それとも、あなたが拿捕される失踪組第一号かしら?」
 拳銃は、デスクの裏だっただろうか?
「あなたに……何が解って?」
 果たして、彼女に押さえつけられる前に取れるだろうか?
「らしくないわねえ」
 いや、ここで考えるのはそんなことではない。そんな……。
「ひょっとして、男でもできた?」

 ……最悪の事態である。

「おーし、ちょっと冷蔵庫拝見〜」
「え……ちょっとっ……!」
「お、流石ベルカ。黒びぃーるぅー♪飲むわよー」
「ちょっ!まっ!……い、いい!アタシはいい!飲まない!飲まないってっ……アーッ!!」
「ほーれぐびぐび〜」
 結局話した。自分の見た戦争を。自分の見たベルカを。
 自分の見た、世界を。
 むしろ搾り取られたと言う方が正しかっただろうか。

「いっそ駆け落ちでもしちゃえば良かったのに」
 ただ、思ったより誠実な相手なのだ。女の悩みに限定して、だが。
「あなたと一緒にしないでよ」
 まだ頭が痛い。ビールが残っている。
 彼がそこでおいたしようとしていたら、きっと今の悩みも無かったろう。
「逃げられてからじゃ遅いわよ」
「……逃げられたの?」
「上官がね」
 猟犬か、他の誰かか。引き出すか、辞めるか。
 自分は今、なんだ?
「国籍も国境も、エージェントという立場も……」
 オーシアのエージェントか、ベルカのパイロットか、それとも……。
「何もかも意に介さない生き方が出来たら良かったのに」
 目の前の彼女のように、気にくわない上官は蹴落とし、気に入った男はかっさらう。
 ……この半分、いや、四半分でもいいから奔放さがあれば良かったのか。
「だったらエイミー」
 そして目の前にいる訪問者は、
「その生き方に、ちょーっと荷担してみない?」
 東国からやって来た女狐だった。

 ええ。あの子達には私が仕込みました。
 強くなければ生き残れない。
 大人が思うより厳しい、結構残酷な世界ですよ。
 ……子供達の社会というのは。

 汗をかいた後の心地よい時間。
「偉く教育熱心だな」
「この子達が、今最大のアキレス腱ですから」
 私の座るソファの傍らで、子供達5人が寝息を立てている。
 司令は司令で、手伝って貰ったところ開幕数秒で全員にのされていた。
 大の字に寝そべっているのはシルヴァンス少佐の連れてきた少女。
 基礎体力に一番恵まれていないのはこの子だった。
 それが国境から首都まで、ヒッチハイクを繰り返しながらも辿り着いた。
 精神力の賜か、狂気の余波かは解らない。
『……』
『ヒサメ君も、少し休みなさい』
 ただ、あの子と一番長く組み合っていたのも彼女だ。
 兄弟達に比べれば遙かに遠慮を知らない彼女の拳を捌ききった彼。
 これっぽっちも疲れた様子は見せていないのだが、これ以上は私がもたない。
 既にサンドバックが一つ脱落。体力作りと称して掃除でもさせようか。
『熱心すぎるのも問題です』
 いつものように、無言が帰ってくると思っていた。
『……フリーダさん』
『何ですか?』

『良い子って、何?』
 今、この場にシルヴァンス少尉はいない。
 こっそりと……この子達に悟られぬよう、アデーレとPJを伴って。
 ただ、私にも、思うところがあった。
 同じ言葉に対して、答えるべき言葉を模索していた。

『調和と我と、ご都合主義の道徳を貫ける子です』

 恨み言、聞けたと思いますか?
 ……俺が見る限り、今のお前に言うのは無理だろうな。
 そう見えますか、やっぱ。
 誰かさんと違って、向こうのエースはガキじゃないからな。

 その人の目は、塀の中にいながらも全てを見抜くようでしたよ。
「話を持ちかけるときは自分からカードを切るのが礼儀だと思うがね、シルヴァンス少佐?」
「……はい」
 若者キラー。いえ、変な意味でなく。
 すぐに後ろに引っ込んだパト君がものっ凄く恨めしい。
 ……鬼教官が苦手なあたり、自分も若造だなあって。
 萎縮しているの、きっとバレバレです。バレバレ。
「君は今、ルールを見失っているんだね」
 その人が笑みを浮かべている。何て言うか、苦手な空気が満ちてるんですよ。
「憎しみから脱したら、ね」
 本当は「このザマです」と言うぐらいしたかったのに、喉に支えて出て来ない。
「一つ、昔話をしようか」

 幼い頃、父親に見捨てられた少年がいた。当然の如く父を憎んだ。
 そして、それを晴らすためだけに、20年の時を費やして上へ駆け上がっていた。
 所がね、ある時、ぱったりとそれを止めてしまった。
 最初は、左遷も甘んじて受けた。むしろ、上から去ることで家族を守れると思ってね。
 だが……それまでに培われた力を皆恐れていた。
 20年の時を隔ててもそれが足下に絡み付いていたんだろう。
 結局はそれが彼の命と、彼の愛した殆どモノを葬ってしまった。

 彼はあまりに長く囚われていて、私達はあまりに若かった。
 だから気付かなかった。目を背けただけで、憎しみが消える分けでは無いと言うことを。

 憎しみから脱した者には憎しみの足跡と戦う義務がある。
 憎しみから引き上げてくれた者達を守るために戦う義務がね。

「私は……」
「そう、戦おうと思っている。だが迷っている」
 駄目だった。逃げてなんていないと否定することが出来なかった。
 何処まで、逃げていないと自信を持って言える?
「私に、言えることはないよ」
 その顔は、穏やかだった。
 むしろ楽しそうに。うん。ニヤニヤしてた。
「迷いそうなら、私よりいい教員がいるようだしねえ」
「……見えますか?」
「単純なのが一番良い」
 そりゃねえ、パト君には無縁な悩みに見えますよねえ。
「どうしたんすか?俺、なんかまずいこと?」

「参考までに、彼を憎しみから引き上げたのは誰だったんです?」
「妻と、その子供達だよ」
「有り体ですね」
「最も共感を得られるからな。多用されてしまうのは仕方がない」
 ごもっとも。

 子供達と一緒に来たら、どんな顔で話してくれたでしょうね。

 アデーレさんの尋ね人については、ヒレンベランドさん同様はぐらかされてしまった。
 そして私も、キラービーの事は聞かなかった。
 収穫は、彼……ディトリッヒ・ケラーマンの生徒名簿だけ。
「しっかし不思議っすよねえ」
「……ですねぇ」
「元敵国をヘッドハンティングかあ……」
 塀の中での面会。その理由が、腑に落ちない。
 司令はどう言って許可を取り付けたのか、想像が付かない。
 教えて貰おう。いつかではなく、出来るときに。今の私に、必要なものだ。
「……キラービーも対象だったりして」
「いえ、それはないかと……」
 妖精さんが音を上げるような機動で追い回されたら大抵のひよっこは潰れますって……。
 アデーレさんのお父さんなら、あり得なくもありませんか。

 俺は、今日ほど偶然が恐ろしい物だと思った日はない。
 あー、それは私も同感です。あの放送の時、正直度肝抜きました。
 ……お前が言うなら相当のもんだな。
 ていうか一体どういう経緯でこうなったんでしょう……。

 終戦の街、ルーメン。だが、それ以外にさしたる取り柄はない。
 その子を見つけたのは、そんな街の路地裏だった。
「坊主、大丈夫か?」
 子供だった。体中、見えるところに痣を作った、小さな子供だった。
 そしてその痣を作ったのも、やっぱり小さな子供だった。
 俺を見てまだ怯えている。小石だけじゃ出来そうもない傷もあった。
「少し染みるが、我慢しろよ」

 ……。
 我慢しろとは言った。
 実際これはかなり染みる。
 眉ぐらい動かせ。

 ……長男に似ている。シグとジウに引っかき回されて片羽を置いてったクーデター。
 余所で不死鳥の英雄が奇跡のような戦果を上げる一方、ルーキーと中堅は堅実にいった。
 堅実すぎて十日近く留守をしている間に6歳児がスパイに銃口を向けた。
 一番の裏切り者候補の援護が無ければやばかった。

 臆病なぐらい戦争を忌避していた国に育った傭兵の子と知ったのは翌日。
 だったら徹底するしか自分に出来そうも無いと言ったシグをその場でぶん殴った。
 懐いたのは妹達。長男からは蹴りを貰った。息子の前で父親を貶めるもんじゃない。

 傷の手当、絆創膏。ぼんやり考えながらも滞り無く終わらせた。
 その間、額をつつく何かには全く気付かなかった。
 紙でできた勲章。ボール紙を切り取って出来たもんだった。
「ありがとう」
「気を付けてな」
 路地の向こうで俺を睨んでいた少女に気付いたのもこの時だ。
 多分姉か何かだろう。手を引かれて帰る直前、その子が手を振った。
「お守りか……」
 流行るだろう。これまで何人もの人間がそれを託し、そして適わなかった。
 その幾つを俺達が潰してきたんだろうか。

「今の、良いとこのぼっちゃんみたいだな」
「勝者は敗者を駆逐する。醜い繰り返しとはおもわんかね」

 繰り返される。何時までも。
 生まれ続ける。あの虚ろの目は。