ACE COMBAT Zero
The Belkan War
The fate neatly reward it. We only remember the nonpayment we of.
...The UnReward War...

Blank5-因果-

 ええ、気が付いてましたよ。
 でも、降りるわけにいかなかったじゃないですか。
 最後の空で、後悔なんて、したくなかったんですよ……。
 やっと。やっとです。やっと……報われた。

 拗ねてやる。えー拗ねてやりますとも。
「あー、いやな、シエロ……」
「しゅーんだ、しゅーん。しょぼ〜ん」
 そりゃ寸止め失敗してパト君すっ飛ばしちゃいましたよ?
 でもだからって中身の入った缶ジュースぶつけなくてもいいじゃないですかー。
 しかもそれが指先をぐにっと。ぐにっ。
「骨がもげーた」
「んなわけあるかい」
『……』
 あー頭を撫でる小さ……くもないか。
 味方はヒサメ君だけですよー。
『検診、ちゃんと行く』
「……うぃ」
 エルジア語で返してみたりする。
『のん』
 エルジア語で返された。
「でも何でわざわざディレクタスまで行くんですかぁ〜」
「一応エースだし」
「一応少佐だし」
「こっちもこっちで人手がいるし」
 ヒサメ君の背後には護身術の実験台にされた男衆が積み重なってるわけで。
「ま、手だからな。操縦桿握れないと困るだろ」
「そうそう。ま、てめえにくっついてる操縦桿だったら……」
「あ、フリーダ中尉」
「……」
「……あ、いやー、そのー」
「意味、解るんすか中尉」
 クロウ2撃墜。クロウ1が巻き添え。ヒサメ君、死人に追い打ちかけない。

『一緒に行ってあげて』

 この一言のお陰で、パト君と二人きりの首都旅行。
 ガタガタガタガタ……良い車のはずなのに、気分はホロ馬車。
 最近子供達が遠のいてしまった気がする。
 こんなことしなくたって、私はちゃんと戻ってくるのに。
「ピクシーがいなくなったの、気にしてるんすかね……」
「でしょうねえ……」

『僕等は一緒に上がれないから』

 確かに妖精さんには戻ってきて欲しい。
 でも、引き替えに寂しさがやって来て欲しくない。
 あの子達には自覚があったんでしょうね。
 自分達が空に旅立つ人達をこの世に繋ぎ止めてるって事に。

 ……いきなり難病ですとか言われなきゃいいんですが。

 で、検診その物はつつがなく終わって……以外に早く検査結果が帰ってきました。
 立場が立場だからか、かるーく終わってしまったのか。
「俺誉められちゃいましたよー♪」
「馬鹿と何とかは風邪引かない」
「ひどいっすーっ!」
 うーん。実に分かり易い。
 さてさて、私の結果はどんなもんですかね〜っと……。
「……」
「どうしたんすか?」
 赤い判子で「再検査」何のインクを使ったのか肝心の理由部分が消えてます。
「糖尿っすか?」
「指へし折っていいですか」
 ココ最近飲んでませんねえ。
 最後に……あー、シュミッドさんがクリスさん送りに来たときに盛って以来ですね。うん。

「じゃあ、すぐ調べて貰え」
「ちょ、えっ!?」

 速攻で翌日の再検査が決定しました。
 つか、病院に直に電話かけてくるな司令。
 その前にちゃんとした診断書も受け取ってきました。
 ……受け取らない方が良かったかもしれません。
「これって……」
「どうやら、神様は見てるらしい」
 よりによって、利き目ですか。

「少し、歩きましょうか」

 何というか、胃の当たりがずーんと沈むような感覚。
 やっぱり、恐いんですかね、私でも。
「この上を飛んだんすよね」
 ディレクタスの街並みは、相変わらず綺麗だった。
 石畳の街。賑わう商店街。傾いた太陽で、茜色に染まっていた。
「て、何やってんすか」
「んー。自分ではよく解らないんですけどねえ」
 そう。この街だった。生きたい。死にたい。それを確かめたのは。
−カワウの伯父さんは、ガルムの猟犬に殺された−
 そして、私は……。
「キラービー、空で会わなかったのは、幸運だったのかもしれませんね」
「シエロ……」
 会ったら、きっと自分から死んでた。飛び込んでた。
「シエロ!」
「は……あ」
 ふと振り返ると、ブルネットのツインテールに、夕日に照らされた紫のブラウス。
 キラービーなんかよりずっと恐い女の子がそこにいた。
「……久しぶり、猟犬さん」
 記憶と違うのは、その目にしっかり理性が宿っていたって言うこと。

 緊張を含めて引き締められた唇は、どことなくブランに似ていた。

 ああ。憎んでいなかったと言えば嘘になる。
 解決したのは時間だよ。
 考える時間を得て、あの子と再会して。
 何より、憎んでてもぶつけられる状況じゃなかった……。

 鬼神の事、怨んでない?

 そんなことを何度も聞かれた。怨んでいるなんて言えるはずがなかった。
 と言うより、言えなかったんだよ。
 どんなに悔しいと訴えても、憎むなと諭し続けた大人の一人だったからね。
 そう訴える目は……もの凄く恐かった。
 迷いとか見透かされたら……殴る蹴るは出来ない子だから、余計に恐かったよ。

−あの人の都合なんて、考えていなかった−
「ライナーおじさん」

 しかし、おかしな話もあったものだ。
 私が友人の見舞いに来ていた病院に数時間前、君がいただなんてね。

−人の都合そのものを考えることをやめた−
「カミラ、その人は?」

 その子に手を引かれていたのは、軍服に身を包んだ赤毛の少年。
 後ろにもう一人、やっぱりまだ少年と言っていい年頃の子がいる。
 聞くまでも無かった。
 私は彼を知っていた。だから、彼も私を知ってる。
 呆然としたままの彼は、その事にたった今気付いたような顔をしていた。
「あなたは……」
「場所を、変えようか」

−何をしたかったわけでもない。話すことがあったわけでもない−

 病院の庭。どんな話になるかは解らなかった。
 行き交う雑踏が近くにある方が良かった。
「私は、あの子の言うカワウのオジサンではないよ」
 軽く目を伏せた彼はやはり言葉を詰まらせ、監視員のように立っていたカミラの前に屈み込む。
「ねえ、えっと……」
「カミラ」
「カミラちゃん、ちょっとパト君と遊んでいてくれます?」
「……」
「適当に虐めていいです」
「OK」
「え」
「と言うわけで、言ってらっしゃーい♪」
 肩車させて、まるでポロの馬。
 馬と騎手がいなくなった所で切り出されたのはその騎手の話だった。

 どんな形で二人が出会ったのかは解らなかった。
 ただ、彼の目の奥の淀みは、明らかに罪の意識のそれ。
 そんな「少年」に果たしてどう話したものか……。
「そう言えば君、名前は?」
「シエロ。エル-シエロ=シルヴァンスです」
「こう言うのはまず自分から、だろう?」
 どうすれば話せるのか考える時間が欲しかったのだが……。
「壊れて、ました」
 海より深く後悔したのは言うまでも無かった。
「……」
 あの日、あの時、何が起こり、何を思ったかは想像も付かない。
 二人が何を思ったのか、計り知ることが出来ないのが、少し癪だった。

−その頃私はというと、PJの顔つねったり意地悪な質問ばかりしてたわ−

 ……あの子が私達の前に表れたのは、本当に唐突だった。
 墜ちた後私を拾ってくれた母子の世話になっていて……
 両親とはぐれたと言うあの子がその母子に拳銃突き付けて表れるとは思ってもみなかった。
 ヒッチハイク中にかすめ取ったという拳銃に、弾は入って無かったんだけどね。
 銃を突き付けた理由かい?
 空腹だったんだってさ。

−背中に乗ったまま。何のために戦ってるの、とかね−

「……私のせい私のせい私のせい私のせい
「い、いや、そんな死んだ魚のような目をされても……」
 元々は大人しい子だったなんてとても言えない。
 本当に、あの時のパイロットにはとても見えなかった。
「あの子は、君に助けられた、と言っていたよ」
「……え?」
「苦しい、悔しい、彼女のそんな気持ちを、真っ正面から受け止めたんだろう?」
 目が、少し笑った。自虐的な、しかし何かを愛おしむような。
 腑に落ちない何かは、私は、まだ、彼を……。
「君は、今何をしているんだい?」

−もの凄く悩んで、答えてくれた。空が、好きだからって−

「相棒尋ねて三千里というところでしょうか」
 その答えを聞いたとき、彼の目の色が変わった気がした。
 本当にその一瞬、私の方を向いた目には、また、ぼやけた淀みが漂っていた。
 梟と不死鳥の協力を得て、今は彼等が手繰る糸を待っている。
「法の穴も勉強しないといけません」
「偉いふっかけられたみたいだね」
 最後の一人……バルトは未だに生死が解らないと言う。
 健在なら、あんな事にはならなかっただろうが、一度会わせてやりたかった。

 しかし残念ながら、彼との会話は有意義と言える物ではなかった。

 あの時感じた生気は所々で薄れ、瞳が輝いたと思えるとき、私は眼中に無かった。
 一つ解るのは、彼が当時の自分を、酷く恐れていたと言うことだ。
 あの頃の自分に似ている。だから連れ戻さないといけない。
 そう言ったとき、やはりその目は、こちらを向いていなかった。
「……何も言わないんですね」
「必要ないよ。仇だった君は、今の君が否定し尽くしている」
「そしたら生きる意志が無いって言われました」
 だろうね。あの時の、がむしゃらさが今はない。
 ただ、単純に、真っ直ぐに……。
「殉じようとは思わないでくれよ。昔の君に」
「?」
「片羽も眼中に無いだろ。昔の自分を見たくないばかりで」
「酷いものだったんですよ?」
「逃げちゃだめだ。そんなだと……」
 ここで一呼吸。
「そんなだと?」
「バルトに半殺し」
「……!!」
 あ、怯えた怯えた。このぐらいで勘弁しておくかな。
 狂気に狩られるに足る、か。バルト、君は一体何をしたんだ。

−どっか抜けて無かったのよねえ、情けって部分が。要は、恐くなったのよ−

「おこがましいですか?」
「……それでも、連れ戻したいんだろ?」
「ええ」
 幼なじみを亡くし友人を亡くし、残った復讐心は吹き消された。
 プラスもマイナスも無いゼロ。
「彼に、バルト=ローランドに会えば、それに蹴りをつけられるでしょうか」
「ああ」
 つけられるはずだ。あの日消し飛んだあの街。
 バルトが彼と同じ空虚に囚われていたとしても、打ち勝っていたとしても。
「果てしないですねえ……」
「彼のことだ。その辺で暴れてるだろう」
「暴れてますかあ……」
「ああ」
 しおらしくしている姿が思い浮かばない。
 かつての彼にようにがむしゃらに、生きようとしていると信じたい。
 あの時失われたものの痛みが、私にも想像しきれないせいなのかもしれないが。
「結局、恨み言は聞けずじまいでしたね。良くても皮肉、ですか」
「言いそうな人間を紹介してみようか?」
「是非お願いします」
 子供じゃなくて、子犬だった。
 あー……尻尾と舌が見える。
 その向こうには馬に乗ったカミラが見えた。

−安心しちゃったのが癪だったのよねえ。困らせてみたかったから−

「では、またいつか」
「会えたら、その時のことを話してくれよ」
 面白そうだから、実に。
 去り際の敬礼が綺麗に決まっていた。
「本当に、バルトの言うとおりだったな……」
「バルトおじさん、何か言ってたの?」
「クルト君が酷い状態になってたっていう、聞いてない?」
「ああ……やっぱり」
 あの隊の4番機、海千山千のバルト達と違ってまだ若かった。
 いや、その若さであそこにいられた事が強さの証明だと、もう見えない後ろ姿を重ねてみる。
 次代は、若者に。失態のツケが、世代交代で巡ってきたと言うべきか。

 傍らを抜けて行ったカミラの行く先に、この時もう少し思考を傾けるべきだった。

 結果は右視力の減衰。
 ピント合わせのスピードが落ちてるとだけ。
 まあ、過去に例のない程の緩やかな進行でしたからねぇ。
 ひょっとしたら、この頃は誰にも解らなかったのかもしれませんよぉ?

 帰ってきた私達を待っていたのは……。
「あの、何やってるんですか?」
「護身術の手ほどきを少々」
 山と積まれた屍の上に鎮座するヒサメ君と、その傍らに立つフリーダさん。
 一番最後にやられたのは中佐らしいです。
 体格通り結構できる人のはずなんだけどなあ。
「イーグルアイもやられたんすか……」
「なかなかの接戦で、あたしは中佐に賭けてたんだけどねー」
 そう言うアデーレさんもテーブルに突っ伏してると言うことは、彼女もそれなりにのされた、ひょっとするとヒサメ君相手に健闘したのかもしれない。
「飲み込みが早くて教えがいがあります」
「ブランに軍隊格闘仕込んだだけじゃ満足できませんか」
 それにしてもまあ基地中の傭兵ほぼ全員のような……。
「9歳であそこまでやれますか……」
『……サイファー』
 視線が突き刺さる。あー、えーっと、誕生日過ぎて10歳でしたっけ。
 突き刺さったのは視線でなく、指だった。
『後ろ』
「え……」
「なっ……」
「……とうとう未成年略取に走ったか」

 私の真後ろに、紫のブラウスを着た女の子が立っていた。